今回の研究では、JWSTの観測データから120億年よりも古い銀河138個が発見され、それらの酸素の存在が測定された。従来の観測可能な波長の2μm前後までの場合、120億年よりも新しい時代でも分光観測が可能な一次元スペクトルのうちの元素の存在を示す輝線(スパイク)は、酸素のOII線、水素のHβ線ぐらいだったとのこと。OII線とは、酸素が1回電離した(電子が1個剥ぎ取られた)際の輝線を指す。さらに酸素には、もう1回電離した(電子が1個ずつ計2個剥ぎ取られた)輝線であるOIII線も存在する。大内教授によると、酸素の全存在量はこの両者を合計しなければ正確には導き出せないため、120億年前の酸素存在量が2説に別れていた要因になっていたという。しかしJWSTであれば、122億年前から133億年前という古い時代でも、OII線、Hβ線に加え、OIII線、さらに水素の「Hα線」も観測可能なのである。
今回の138個の銀河はどれも同じ時代のものではなく、およそ122億年前から133億年前まで幅がある。それぞれの一次元スペクトルを古い順に上から並べて二次元スペクトルとすることで、宇宙膨張による赤方偏移でOII線、OIII線、Hα線、Hβ線の4種類の輝線が長波長側へシフトしていく様子も可視化された。
そして分析の結果、131億年前までの銀河では、銀河の質量などに応じた量(総量ではなく、水素に対する酸素の個数比)の酸素が存在していることが明らかにされた。つまり、現在とそれほど変わっていなかったのである。このことから、120億年前時点での酸素の存在比については、120億年前の時点で一度半分まで減って、それよりも古い時代にまた現在に近いぐらいまで増えるのは不自然とし、「現在と変わらない」という2021年発表の説の方が正しいだろうと推測。中島特任助教は「個人的には、この論争に決着をつけられたと思います」としている。
さらに138個の銀河のうち、131億年~133億年前の今回では最も古い時期の銀河である7個は、すべてが酸素の存在比が半分ほどと少なくなっており、そのうちの6個については95%以上の確率で酸素の存在比が少なかったとする。このことから、宇宙での酸素の存在比は、5億年~7億年ごろに急激に増えたことがわかったとする。
なお中島特任助教も大内教授も、120億年を過ぎたあたりからもっと早い段階で酸素の存在量が減っていくものと事前の予想を立てていたため、宇宙誕生後7億年ぐらいまではあまり現在と変わらないことにとても驚かされたと話す。
この時期に急激に酸素の存在比が増加した理由としては、複数考えられるため、正確なところは現時点ではわからないとする。中島特任助教に直接尋ねたところ、たとえば可能性の1つとしては、この時期の宇宙は現在と比べて非常に小さいため、小型の銀河同士が頻繁に衝突合体することで、衝突した銀河それぞれの星間ガスが圧縮されて、寿命が1000万~数千万年しかないような、場合によっては主系列のO型星以上の大質量星のスターバースト(多量の星が誕生すること)が発生し、次々と核融合で酸素を生成しては大量の超新星爆発で宇宙にばらまきまくったことなどが考えられるとしている。
ちなみに、この宇宙の最初の生命である「ファーストライフ」ともいうべき存在は、120億年前ぐらいに出現したのではないかと推測した仮説が存在する。この仮説が根拠とするのは、大まかにいえば、生命は炭素を中心に、酸素や窒素、硫黄、リン、鉄などのさまざまな元素を必要とするが(地球型生命の場合)、そうした元素の存在量が必要なだけそろい、生命が誕生しえる環境が整い出すのが120億年前ごろだろうというものである。それに対し、大内教授は私見としながらも、今回の研究成果から、さらに10億年ぐらいファーストライフの誕生が早まる可能性もあるのではないかと予想した。
また大内教授は、今回の研究で、ファーストスターにかなり近づけたと語る。ファーストスターの誕生は2億年前後ではないかと推測されており、単純計算で今回の133億年前よりあと3億年ほど遡れば、星の核融合で誕生する酸素などの元素をまったく含まない、ファーストスターで構成された銀河を観測することができるかもしれない(ファーストスターの超新星爆発を捉えることができれば、単独の観測も実現できるだろう)。ファーストスターからの光そのものはまだ観測されていないが(痕跡などは発見されてきている)、今回の銀河を構成する星々から見た場合、10世代から20世代ぐらい遡れば、ファーストスターに到達できる可能性があるのではないかと推測を語ってくれた。
最後に今後の計画として中島特任助教は、JWSTの別の観測機器である中間赤外装置「MIRI」が5μm~28μmの範囲の波長をカバーすることから、こちらを利用した観測(観測データの活用)も考えているという。ただし感度的には今回のNIRSpecの方が上のため、今回と同等の精度を出すのは容易ではないとのことだ。
さらに、酸素以外の元素の存在量の確認は容易ではないというが、酸素同様に星の核融合で合成される各種元素の存在量も、酸素と同様に増えてきたのかどうかなど、今回と同じNIRSpecの近赤外分光観測データを用いて、まさに現在調査中としている。