2023年10月10日、日本で3回目となる「日独オクトーバー技術交流会 2023(OktoberTech Japan 2023)」が在日ドイツ商工会議所の主催で開催された。
基調講演には同イベントの企画事務局を務めるインフィニオン テクノロジーズ ジャパンの独本社Infineon Technologiesでマネージメント ボード メンバー兼チーフ マーケティング オフィサー(CMO)を務めるアンドレアス・ウルシッツ氏が登壇。「Driving decarbonization and digitalization. Together.」というタイトルで、気候変動に人類が対応し、課題を解決していくために技術は1つのカギになることを強調した。
また、持続可能性が重要であるとし、その実現のためには部門を超えた協調が必要になってくることも強調。その協調は、教育から研究開発、ハードウェハ、ソフトウェア、部品サプライヤ、最終製品、すべてが関わってくるものであり、そうした大きなエコシステムを構築するだけでなく、高いレベルを実現し、互いに信頼し、自らが何をするべきかを見極める必要性を説明。OktoberTech Japanというプラットフォームに多くの人が集うこともその一環で、こうして集まる機会を活用してもらうことでイノベーションを生み出し、技術の進化につなげてもらいたいとし、さまざまな角度からのプレイヤーが協力していくことこそが気候変動に人類が対応していく術であるとした。
ノーベル賞受賞者である天野教授が語ったGaNパワー半導体の可能性
また「Decarbonization Special Talk」として、名古屋大学 未来材料・システム研究所 未来エレクトロニクス集積研究センター長の天野浩 教授が登壇。「脱炭素社会実現に貢献するWBGエレクトロニクスの構築を目指して」と題して、GaNデバイスの将来展望に関する特別講演が行われた。
WBGはWide Band Gapの頭文字をつなげたもので、ワイドバンドギャップ半導体はシリコン半導体に比べてバンドギャップが大きいことでより高い電圧での動作や高周波での動作を可能とし、シリコンパワー半導体では実現できなかった高い性能を実現される次世代パワー半導体として期待されている。主な材料としては商用化が進むSiCとGaNのほか、次々世代と目されるGa2O3、そして究極の半導体素材とも言われるダイヤモンドなどがある。
天野教授はGaNを用いた青色LEDの発明に貢献したことが評価され2014年にノーベル物理学賞を授与された1人。GaNは長いこと白色LEDの素材として活用されてきたが、その特性は非常に高く、高性能なGaNパワー半導体ができれば、その性能はSiCを超すことが理論的には示されている。
そうした背景から天野教授らは、GaNを用いた高性能パワー半導体の実現に向けた研究開発を近年、コンソーシアムを立ち上げ、多くの企業や大学、国立研究機関などと協力して、結晶の作成からデバイス、回路形成、モジュール作成、アプリケーションの作成まで一気にできる仕組みづくりに挑んでいる。
ではなぜ高性能なパワー半導体が必要なのか? シリコンパワー半導体であっても、例えば電力変換のためのコンバータの変換効率は90%を超すレベルを実現している。しかし、発電所で発電された直後の電力は100Vではない。また、太陽光発電で発電される電気は直流で、家庭内の多くの電気製品は交流で駆動するため、パワーコンディショナーで変換する必要がある。さらに、この記事を読むのに使用しているPCやスマホは100V電源からさらに電圧を落として駆動させている。例えば、そうしたPCやスマホに家屋の屋根で発電した電力を届けるまでに4回の電力変換があった場合、平均93%の変換効率であったとしても0.93×0.93×0.93×0.93=0.748となり、元の電力の約75%まで低下することとなる。
天野教授は「このロスを4%以内に収めるためには99%以上の変換効率を実現する必要がある。そのためには99%以上の変換効率が必要。そこで活用が求められるのがワイドバンドギャップ半導体であり、中でも商用化が進んで、かつ特性が優れているGaNに注目している」と、GaNによる高性能パワー半導体の実用化に挑む背景を説明する。
すでに天野教授が率いる研究チームはインフィニオンのGaNトランジスタを採用したGaNインバータを活用し、メルセデス・ベンツのシャーシを改造した電気自動車(EV)を開発。インバータの出力は40kWほどで、最高速度は80km/hほどながら、日々進化を続けており、今度は高速道路も走行可能なGaN EVの開発を進めているという。
しかし、現在市場に出回っているGaNパワーデバイスは今回用いたインフィニオンのものであってもHEMTであり、高速動作は可能ながら、自動車用途としては扱える電流が20Aほどと低いこと、ならびにトランジスタが故障した際のノーマリーオフ化も必要であるとし、こうしたニーズに対応可能な第3世代GaNパワーデバイスの開発を進めているとする。
GaNの性能を引き出すために必要なものとは?
天野教授らによる第3世代GaNの特長はGaN on GaN。商用化されているGaNパワーデバイスはGaN on Siで製造されているものがほとんどだが、その場合、Si基板の上にバッファ層を形成し、その上にGaNの機能層を形成することになる。そうなるとバッファ層が邪魔をして縦方向に電流を流すことができないため、HEMTのような横方向に流す構造なら良いが、大電力への対応が難しい。GaN on GaNであればバッファ層が不要となるため、縦方向に大電流を流すことが可能となり、GaNの特性を最大限に引き出すことができるようになるためである。
GaN on GaNの最大の課題はウェハサイズが小径で、それに伴って取れ数が少ないことに起因して高コストになってしまうという点。現在、研究チームでは4インチウェハまで作成できることを確認。6インチウェハの作成を目指して研究開発を進めているという。
また、GaN性能の向上を妨げる欠陥を低減する手法の研究やGaN機能層とGaN基板をレーザーを使って剥離し、GaN基板を再利用することで製造コストの低減を図る技術など、単にGaNパワーデバイスを作るだけでない研究開発を推進しているともする。
「我々はEVの普及がライフスタイルを変化させるということを提唱している。トヨタ自動車が2027年に全固体電池のEVを投入すると言っているが、このEVは充電10分で1200km走れると言われている。これができると、何が起こるかというと、太陽電池の発電量が多い昼間、会社に停めたEVにその発電した電力を充電させて、夕方帰宅したら、そのEVが蓄えた電力を使う。そうした社会が高性能EVの普及で生まれると思う」と天野教授は、高性能GaNパワーデバイスによって高い変換効率を実現したEVの普及により、人類の生活の有り方が大きく様変わりすることを指摘。また、「GaNパワーデバイスの進化に向けた取り組みは我々だけではできない。世界との協働が必要。それには国の垣根もない。ドイツとも材料からデバイス開発まで共同で研究開発ができればと思っている。2030年にEUは目標として13%の省エネをエレクトロニクスで達成することを掲げているが、我々はその上をいく15%以上の省エネをWBGの次世代パワーデバイスで実現することを目指している」とも述べ、電力変換をコントロールするシリコンのロジックやメモリ、AIなどの活用も含め、総合的に研究開発を世界規模で進めていく必要性を強調していた。