名古屋大学(名大)と九州大学(九大)の両者は9月4日、ベンゼン環などの芳香環が環状につながった構造を持つ分子群「カーボンナノリング」に、他の大環状分子をキーホルダーのようにぶら下げることで、同分子群の新たな固定化・修飾法を開発したことを共同で発表した。

同成果は、名大 トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎教授、同・八木亜樹子特任准教授、同・大学院 理学研究科の石橋弥泰大学院生、九大大学院 工学研究院の君塚信夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、独国化学会の刊行する機関学術誌の国際版「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

カーボンナノリングは炭素材料であるカーボンナノチューブの最短部分構造を持ち、ユニークな形状に由来した特異な電子的・磁気的性質を有する分子群だ。ただし、同分子群を多様な分野で応用するには、多くの場合その用途を実現するための固定化や修飾(=何らかの機能を有する分子構造を付与すること)を行う必要があるという。

しかし、カーボンナノリングは歪みを持つ分子であるため、一般的な共有結合を介した化学修飾は困難だ。そのため、多段階の化学変換を要するものや、低効率なものに限られていたとする。また、一般的には同分子群に修飾ユニットを直接的に共有結合を介して連結するために、同分子群の構造が変化し性質を不本意に変えてしまうという課題も抱えていた。

そこで研究チームは今回、カーボンナノリングで最もシンプルな構造の「シクロパラフェニレン」(CPP)を対象に、その構造を変化させることなく機能を付与できる新たな固定化・修飾法を開発することにしたという。

  • シクロパラフェニレンなど

    (上)シクロパラフェニレン(CPP)、修飾化CPP、CPPカテナンの構造。(下)AMT法によるカテナンの合成(出所:名大プレスリリースPDF)

今回の研究では、カーボンナノリングが「輪」であることに着想を得て、キーホルダーのように修飾ユニットをぶら下げて固定できれば、構造を変化させることなく修飾ユニットを導入できる可能性を考察したとする。また、同分子群の合成法に着目し、修飾ユニットを効率的にぶら下げる手法を考案することにしたという。

一般的な合成法では、ベンゼン環を持つ非環状ユニットを複数個用い、金属錯体によって環状に連結させることで最終的にカーボンナノリングを得る。そこで、連結に用いる金属錯体に対して修飾ユニットとなる部分を持つ大環状分子を配位させることで、同分子群に対し他の大環状分子をぶら下げられると考えたとした。

このような、2つ以上の大環状分子が空間を介して連結した分子は、「カテナン」と呼ばれる(カテナンは分子群「超分子」の一種)。また上述のようなカテナンの合成法はAMT法と呼ばれるが、これまで同手法を用いたCPPのカテナン形成は例がなかったとする。

  • CPPカテナンの合成

    [9]CPPカテナンの合成。[9]CPPカテナンの[]内の数字は、CPPを構成するベンゼン環の数。[9]CPPカテナンの塩化メチレン溶液に紫外光(365nm)を照射すると、鮮やかな緑色の蛍光が観測された(出所:名大プレスリリースPDF)

そこで今回は、「2,2’-ビピリジン構造」を持つ大環状分子「2,2’-ビピリジンマクロサイクル」を配位子として合成し、AMT法によるカテナン分子の合成に適用することにしたという。その結果、ベンゼン環9個からなる「[9]CPP」と1つの2,2’-ビピリジンマクロサイクルからなるカテナンの合成が実現された。

カテナンにおける[9]CPPの構造は、[9]CPPそのものと同様であり、その光物性や磁気的特性などの性質はほぼそのまま反映されていた。2,2’-ビピリジンマクロサイクルは、そのようなCPPの性質に影響を与えない固定化・修飾ユニットであると同時に、2,2’-ビピリジン部位を介してCPPに望みの機能を後から付与することのできるユニットとしても振る舞うという。芳香環の変換反応を利用して、2,2’-ビピリジン部位に「ホウ素官能基」や「ハロゲノ基」を導入できることが実証されたほか、2,2’-ビピリジン部位で銀イオンに配位することで、これまでにないCPPの金属錯体を合成することに成功したとする。

合成された[9]CPPカテナンの銀錯体は、[9]CPPと同様の波長・形状の吸収・発光スペクトルを示す一方、[9]CPPに比べて極めて長寿命の低温リン光を示すことも確認された。[9]CPPのリン光寿命は2μs以下だが、[9]CPPカテナンの銀錯体は3msと1000倍以上長かったのである。これは、銀イオンを配位させたカテナン構造において、CPPと2,2’-ビピリジンマクロサイクルのπ-π相互作用が増大した結果、CPPの励起三重項状態からの無輻射失活が抑制されたものと考えられるという。

  • CPPカテナンの銀錯体を用いた錯形成反応、イリジウム錯体を用いたホウ素化反応

    [9]CPPカテナンの銀錯体を用いた錯形成反応、イリジウム錯体を用いたホウ素化反応。[9]CPPカテナン銀錯体の単結晶を作成し、X線結晶構造解析によって分子構造を明らかにした。(出所:名大プレスリリースPDF)

今回開発された手法は、カーボンナノリングの構造を変化させることなく性質を変調させることのできる画期的なものであり、同分子群を用いた機能性材料の創製につながる成果とする。また、長寿命のリン光を示す物質は、有機EL材料やアップコンバージョン材料など、さまざまな材料に活用されていることから、今後CPPを用いた材料科学の発展に期待がもたれるとした。