東北大学は8月25日、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)の「二硫化モリブデン」(MoS2)とマイクロ流路を組み合わせて、溶液中で利用できる分子センサを開発したことを発表した。

同成果は、東北大 多元物質科学研究所のモハメッド・ナシルディン大学院生、同・道祖尾泰之助教、同・高岡毅講師、同・福山真央講師、同・米田忠弘教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノマテリアルに関する分野全般を扱う学術誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載された。

MoS2などのTMDを用いた薄膜は、半導体の性質を示すことから、電界効果トランジスタ(FET)において電気伝導を担うチャンネルに用いることが可能だ。TMD薄膜は厚みが原子数個分であることから、電気伝導特性に表面の及ぼす影響が大きく、チャンネル表面に分子が吸着することでFET特性が敏感に反応するため、分子センサなどへの応用が期待されている。さらに微細化にも向いていることから、この薄膜を用いて体内に埋め込むセンサを作成した場合、医療にもたらす影響は大変大きいと考えられている。

しかしその場合、溶液中での分子検出が求められる。つまり、溶質(溶けている分子)の影響に加え、溶媒(分子を溶かす溶液)もFET特性に影響を及ぼすため、それらの詳細な分析が必要となるという。しかしまだその研究は始まったばかりで、溶液センサデバイス開発自体においても、チャンネル表面に液滴を落とすという簡単なデバイスによる研究結果が多く、溶媒の蒸発などの影響から精密な測定が行われているとは言い難い状況だとする。

そこで研究チームは今回、溶液センサに特化したデバイスを作成するため、樹脂で作成されたマイクロ流路とFETを組み合わせて一体化させ、電極金属と溶媒の接触の制御などの工夫を行ったとする(今回はソースやドレインなどのFETの要素が溶液に直接触れないよう、樹脂による保護も行われた)。

マイクロ流路は、少量の液体で正確な分析が可能なこと、外界からの影響を抑えた状態で流速を制御したよく規定された状態での測定が可能なことなど、精密測定に適した複数の特性を有する。また液体はシリンジポンプによって流速制御が可能だ。

今回はこの溶液デバイスシステムを用い、溶質分子として、有機ELなどで使用される有機電子受容体の「テトラシアノキノジメタン」(TCNQ)と、その錯体である「F4-TCNQ」を対象とした分子センシング実験が行われた。

  • 溶液センサとして作成された原子MoS2電界効果トランジスタの模式図。

    溶液センサとして作成された原子MoS2電界効果トランジスタの模式図。溶液はPMMA(アクリル樹脂)によってMoS2チャンネルとのみ接触する。またPDMS(シリコンの一種)で作成されたマイクロ流路と組み合わせ、シリンジ・ポンプによって流速を制御している。(出所:東北大プレスリリースPDF)

有機エレクトロニクスでは、どちらの分子も電子受容体として、p型ドーピング目的で用いられており、電気陰性度の比較では差はわずかだが、F4-TCNQが若干大きな値を示すという。分子内の静電ポテンシャルはF4-TCNQにおいて分子内の位置で正負の差が大きく、大きな分極を持つ。

この2つの分子について、まず「イソプロパノール」(IPA)を溶媒として用いた時のドレイン電流-ゲート電圧を計測したところ、TCNQに比べてF4-TCNQが大きく特性を変化させて電流が流れにくくなり、溶液がp型ドーピングの振る舞いをしていることが確認されたとのこと。これは、溶質の分子がチャンネルから電子を引き抜いた(ドーピング効果)、あるいは電界によって実質のゲート電圧をシフトさせた(ゲート効果)という両効果の結果と考えられるとする。

この2つの分子の差は、溶媒を「アセトニトリル」(ACN)や「ジメチルスルホキシド」(DMSO)などに変更した場合、その差が小さくなる(IPA、ACN、DMSOの順に誘電率が高い)。これをグラフにしたところ、立ち上がり電圧が誘電率の関数として相関を持つことが示されたといい、これは固液界面での溶媒和に関係しているという。

  • (a)TCNQ分子とF4-TCNQ分子の静電ポテンシャル分布の比較。後者の分極が大きい。(b・c)IPAを溶媒として用いて濃度100μMのTCNQ(b)、F4-TCNQ(c)と接触させた時のFET特性変化。青がIPAのみの場合、赤が接触後のFET特性。(d・e)溶媒がACN、および(f・g)DMSOの場合。

    (a)TCNQ分子とF4-TCNQ分子の静電ポテンシャル分布の比較。後者の分極が大きい。(b・c)IPAを溶媒として用いて濃度100μMのTCNQ(b)、F4-TCNQ(c)と接触させた時のFET特性変化。青がIPAのみの場合、赤が接触後のFET特性。(d・e)溶媒がACN、および(f・g)DMSOの場合。(出所:東北大プレスリリースPDF)

  • FET特性のドレイン電流-ゲート電圧立ち上がり電圧の比と周辺環境の誘電率の関係。

    FET特性のドレイン電流-ゲート電圧立ち上がり電圧の比と周辺環境の誘電率の関係。(出所:東北大プレスリリースPDF)

過去の長い議論で提唱されているモデルを簡単にまとめると、境界の「ヘルムホルツ面」より外部で、溶質は溶媒によって囲まれて溶媒和が完成されているが、それより内部の固体側では別の状態が形成されているとのこと。同面内部での構造は、さまざまなモデルが提唱されたが、溶質の分極が部分的に溶媒に遮蔽された状態でチャンネル材料に吸着し、その遮蔽の大きさは溶媒の誘電率と共に増大することが、今回直接的に観察されたという。研究チームによると、このような観測は過去になく、新しい観測手法と考えられるという。

  • (a)一般的に議論されている固液界面付近での溶質・溶媒の模式図。ヘルムホルツ面より外側では溶媒和が生じているが、同面内部では状況が変わっており、さまざまなモデルが競合。(b)今回の実験で明らかになったヘルムホルツ面内部での溶媒和状態。部分的な遮蔽された状態で吸着。

    (a)一般的に議論されている固液界面付近での溶質・溶媒の模式図。ヘルムホルツ面より外側では溶媒和が生じているが、同面内部では状況が変わっており、さまざまなモデルが競合。(b)今回の実験で明らかになったヘルムホルツ面内部での溶媒和状態。部分的な遮蔽された状態で吸着。(出所:東北大プレスリリースPDF)

原子レベルの薄膜であるMoS2電界効果トランジスタ・溶液センサは、マイクロ流路との組み合わせ以外にも、チャンネルの保護方法や、光などの外部刺激と組み合わせた分子種の認識能力の向上など、さまざまな改良点が考えられ、それによって生体内で動作させられることも視野に入ってきたとする。同時に、その敏感な検出感度を活かすことで、分析が難しいとされている固液界面の基礎的な物理化学現象の電気的な検出にも応用され、その理解の進歩にも貢献することが期待されるとしている。