そして、ミューオンg-2/EDM実験と連係して、KEKが運用する日本唯一の円形加速器SuperKEKB(スーパーケックビー)を用いて行われているのが、26の国と地域の115の研究機関から1000人弱の物理学者とエンジニアが参加する大型国際共同実験のBelle IIだ。同実験では、現在標準理論にて扱われている17種類以外の新たな素粒子の直接探索を目的とすると同時に、ミューオンg-2の標準理論内での理論予言を改善する測定も行う計画だ。

ミューオンg-2を巡っては、今回のミューオンg-2実験の結果(実験結果1)に対し、以下の3つの理論予言があり、その3つの値がどれもミューオンg-2実験の値とは異なるため、新たな物理があるのかそれともないのかは断言できない状況となっている(3つとも、新しい物理がないと仮定して計算が行われている)。

現在提案されている理論予言

  • 世界中のe+e-(電子・陽電子)→ハドロンの実験結果の平均に基づくミューオンg-2の理論予言(理論予言2)
  • BMWグループでのスーパーコンピュータを用いた第一原理計算でのミューオンg-2の理論予言(理論予言3)
  • 最新のe+e-→ハドロンの実験CMD-3のみの結果に基づくミューオンg-2の理論予言(理論予言4)

補足すると、2と4は別の実験結果を用いた理論計算であり、3のみが純粋な理論である。

Belle II実験では、2つの方向性でミューオンg-2のズレを検証する計画だ。1つ目は、ミューオンg-2のズレが指し示す、新たな物理を直接探索するというもので、実験結果1と、理論予言2のズレが正しいと仮定した場合、加速器を使って新粒子を直接生成して発見するとしている(発見できればノーベル賞級の成果となる)。

  • ミューオンg-2の研究におけるズレ。今回のミューオンg-2実験の結果1と、理論予言2が正しければ、新たな物理の可能性の兆候があるということになる。理論予言3や4が正しい場合は、兆候の可能性はないという。

    ミューオンg-2の研究におけるズレ。今回のミューオンg-2実験の結果1と、理論予言2が正しければ、新たな物理の可能性の兆候があるということになる。理論予言3や4が正しい場合は、兆候の可能性はないという。(出所:記者サロン配付資料より)

直接的な発見を目指す際の候補としては、自然界の4つの力(電磁気力、強い力、弱い力、重力)以外の第5の力(それを媒介する未発見の粒子がZ'(ゼットプライム)だ)や、超弦理論からも予言されている未発見のアクシオン類似粒子(ALP)とのこと。なおALPとは、アクシオンが強い力で現れる未発見の粒子のことだが、ALPは強い力以外で現れる未発見の粒子である。

  • 新たな物理の候補である「第5の力」の媒介素粒子であるZ'が存在できる領域。縦軸はZ'の結合定数、横軸はZ'の質量(GeV)。赤いバンドはミューオンg-2の結果から許される領域。黒い線より上は、Belle II実験の結果から排除された領域。

    新たな物理の候補である「第5の力」の媒介素粒子であるZ'が存在できる領域。縦軸はZ'の結合定数、横軸はZ'の質量(GeV)。赤いバンドはミューオンg-2の結果から許される領域。黒い線より上は、Belle II実験の結果から排除された領域。(出所:記者サロン配付資料より)

  • ALPの存在できる領域。赤いバンドがミューオンg-2から許される領域。縦軸はALPの結合定数、横軸はALPの質量(GeV)。青い線より上がBelle II実験で排除された領域。青い点線より上は、Belle II実験の将来の排除領域。

    ALPの存在できる領域。赤いバンドがミューオンg-2から許される領域。縦軸はALPの結合定数、横軸はALPの質量(GeV)。青い線より上がBelle II実験で排除された領域。青い点線より上は、Belle II実験の将来の排除領域。(出所:記者サロン配付資料より)

一方で2つ目の方向性としては、ミューオンg-2の理論予言を改善し、ズレの決着をつけるというものだ。上述の理論予言2と4は、用いた実験結果が異なることからズレが生じていると考えられている。Belle II実験ではデータ量は十分にあることから、あとは解析の進展具合によるというが、2と4のどちらが正しそうかはわかるだろうとしており、その最初の結果を2024年夏に出すことを予定していると発表した。

もし自然界の第5の力や新たな素粒子が発見されれば、物理学は大きな変革を迎えることになるため、ノーベル賞につながる可能性もあるだろう。そんな未知の力や素粒子の直接的な発見と同時に、複数あってズレが生じている既存の研究成果のどれが正しいのかを調べるのが、ミューオンg-2/EDM実験であり、Belle II実験である。早ければ2020年代の間に、遅くても2030年代前半には大変革が起きそうな予感を漂わせる日本の大型実験に、今後も期待したい。