XRISM

XRISMは全長約8m、直径約3mの、先細りの八角柱の姿をしており、そこに全長約9mの太陽電池パドルが翼のように生えている。打ち上げ時の質量は約2.3tある。

衛星の先端には、X線を集める望遠鏡「XMA」が2つ装備されている。その表面は金でコーティングされており、表面の凹凸が数百万分の1mm以下という高い精度で成形された円筒形の鏡が、バウムクーヘンのように同心円上に並んでいる。X線は、滑らかな物質表面に1度以下で入ってきた場合にのみ反射し、わずかに進行方向を変えるという性質をもっている。XMAはその性質を利用して、X線を一点に集められるようになっている。

こうして望遠鏡に入ってきたX線は、衛星の下部にある「軟X線分光装置(Resolve)」と「軟X線撮像装置(Xtend)」という2つの観測装置へ送られる。つまり、衛星全体が望遠鏡になっているといっても過言ではない。

  • XRISMの宇宙空間での想像図

    XRISMの宇宙空間での想像図 (C) JAXA

Resolve

Resolveは日米欧が共同開発した装置で、X線が素子に当たったときにごくわずかに温度が上がることを利用してエネルギーの大きさを測る、「X線マイクロカロリメーター」と呼ばれる装置である。

Resolveはとくに、その素子に当たったX 線光子の一つひとつのエネルギーの大きさをきわめて正確に測ることができ、これにより、観測対象の温度や組成などを非常に精密に計測することができるようになっている。また、運動する物体が出す光の波長がずれて見える「ドップラー効果」を利用して、プラズマの動きを知ることもできる。

また、観測のためには、検出器を極低温に冷やす必要がある。そのため、断熱消磁冷凍機、超流動ヘリウム、機械式冷凍機、それらを格納する真空断熱容器からなる最先端の冷凍機により、Resolveを-273.1℃(絶対温度0.05度)にまで冷却する仕組みももっている。

これにより、Resolveは米欧の大型X線天文台と比較して、重要な鉄輝線が観測できる帯域でのエネルギー決定精度に優れた装置となっている。

ちなみに、X線マイクロカロリメーターは、日本が2005年に打ち上げた「すざく」に初めて搭載されたが、トラブルにより冷媒である液体ヘリウムがすべて蒸発してしまい、本来の性能を発揮することはできなかった。「ひとみ」にも搭載されたものの、本格稼働する前に 衛星そのものが運用を終えたことで、やはり真価を発揮できなかった。世界中の科学者が待ち望んだ、まさに三度目の正直となる観測機器である。

  • Resolveを極低温に冷やすための冷凍機

    Resolveを極低温に冷やすための冷凍機

Xtend

Xtendは天体からやってくるX線を捉えて、画像の撮影と分光を同時に行うことができる装置である。

その心臓部は純国産のCCDカメラで、X線に対する感度を上げる工夫が施されていることを除けば、市販のデジカメと原理はほぼ同じである。ただ、厚い空乏層、裏面照射型CCDを採用し、従来のX線CCDより高いエネルギーのX線検出、低エネルギーX線に対する高い量子効率を達成している。また、X線望遠鏡としては史上最大の38分角四方の視野をもち、満月より広い視野を一度に観測することもできる。

「ひとみ」から変わった点

ちなみに、「ひとみ」には「軟X線望遠鏡 (SXT)」、「軟X線分光検出器 (SXS)」、「軟X線撮像検出器 (SXI)」といった装置が搭載されていたが、XRISMのXMAはSXTと、SXSはResolveと、そしてSXIはXtendとほぼ同じで、信頼性を向上させるための改良が施された以外、とくに性能面は同じだという。

一方、「ひとみ」に搭載されていた「硬X線望遠鏡 (HXT)」や「硬X線撮像検出器 (HXI)」、「軟ガンマ線検出器 (SGD)」といった装置は、XRISMには搭載されていない。とくにHXIは、「ひとみ」の後部から尻尾のように伸びる伸展式光学ベンチの先に取り付けられており、XRISMではその尻尾ごとすっぱりなくなっていることから、外見にも大きな違いが生まれている。

その理由については、予算の都合のほか、「ひとみ」が目指していた科学的成果を早期かつ確実に回復することが目的であること、また硬X線の撮像については、NASAの衛星「NuSTAR」で代替できると判断したためだという。

そして、「ひとみ」からのもうひとつの大きな変更点が信頼性である。前述のように、「ひとみ」は打ち上げから約1か月でトラブルに見舞われ、その約1か月後には運用を断念する事態に陥った。その後の調査で、機体はトラブル発生時に分解したとみられている。

その原因として、

  • 衛星が自身の姿勢を把握するための「スタートラッカー」という装置に問題があり、実際には回転していないにもかかわらず「回転している」と誤認したこと
  • その誤認を、別の手段で検知したり修正したりするような仕組みがなかったこと
  • 衛星の姿勢を変えるためのスラスター(小さなロケットエンジン)を動かすためのプログラムに間違いがあったこと
  • そのプログラムを検証したり、間違いを見つけたりできる体制になっていなかったこと
  • 体制がサイエンスに偏重しており、工学側から安全性について意見したり注意したりできるようになっていなかったこと

などが挙げられている。

これを教訓として、XRISMではハードウェア面、そして体制面の両方で改善が図られている。

ハードウェア面でいちばん大きなものは「スラスター噴射異常対策機能」で、万が一軌道上でスラスターが誤噴射を起こして衛星が回転を始めたときに、衛星が自律的に回転を検知して、ある一定以上の回転に達したときに衛星が自動的にスラスターの噴射を止めるという機能がつけられた。また、衛星自動監視システムを導入し、衛星の異常の早期発見に役立てる工夫もされている。

太陽の位置から自身の姿勢を判断する「太陽センサー」は、より視野の広いものに交換している。XRSIMは基本的に太陽の方向を軸として、30度のコーン角の中で姿勢を変えて天体を観測するという運用を行っていくが、その範囲の中でどのような姿勢を取っても、必ず太陽センサーが太陽を視野に入るようになった。これにより、もし想定を超えて姿勢が乱れたときには、衛星が自律的に異常を検知し、安全モードに入れるようになった。

くわえて、日照中に発生電力をモニターする機能も追加されており、これにより、もし発生電力が想定値まで出ていないとなれば、すなわち衛星の姿勢が異常であるということになり、この場合でも衛星が自律的に安全モードに入るようになった。

さらに、衛星側でパラメーターの有効チェックをする機能も盛り込まれた。これは、万が一地上側の人為的ミスによって、衛星を動かすためのパラメーターを誤って衛星に送ってしまった場合に備え、基本的なパラメーターについては、あらかじめ設定された有効な範囲を超えていないことを衛星がチェックをして、もし超えていた場合は実行しないという機能である。

体制面では、「ひとみ」ではNASAはプロバイダーという立場だったが、XRISMではNASAとのジョイント・プロジェクト(共同計画)として立ち上げられ、主にシステム・エンジニアリングの観点でNASAからサポートを受けたという。たとえばスラスター異常対策機能も、設計段階でNASAとの議論の中で、「これを使えばより衛星を安全に運用できるだろう」ということで持ち込まれた機能だという。

また、衛星の運用においては、NASAが保有する地上局も使用することで、衛星の監視を強化する。

また、「ひとみ」のサイエンス偏重を反省し、プロジェクト・マネージャーの下にサイエンスを決めるプリンシパル・インベスティゲーター(研究主宰者)と、技術面で責任を持つプロジェクト・エンジニアという役職を配置し、サイエンスに偏らずに安全に実現できるようなシステムづくりも進められてきた。さらに、それと同時にプロジェクトの当初から安全信頼性担当という役職を置き、常に開発状況を確認し、安全面や信頼性の面で大丈夫かを判断してきたという。

また、運用マネージャーという役職もつくり、「確実に運用できるようなシステムになっているか」という面でチェックをしてきたとしている。

  • 公開されたXRISM

    公開されたXRISM

打ち上げは8月26日

XRISMは、「小型月着陸実証機(SLIM)」とともに、H-IIAロケット47号機で打ち上げられる。

打ち上げは現時点で、2023年8月26日9時34分57秒に設定されている。打ち上げ予備期間として8月27日から9月15日まで確保されており、この間の打ち上げ時刻は打ち上げ日ごとに設定される。

ロケットは打ち上げ後、まずXRISMを高度約550km、軌道傾斜角31度の軌道へ投入したのち、SLIMをさらに遠くの軌道へ投入する。

XRISMは打ち上げ後、まず3か月間の初期段階が設定されている。この間、「クリティカル期間」では、姿勢、電力、通信などといった、衛星の基本的かつ重要な機能の確立と、Resolveの冷凍機の定常運転を行う。続いて「コミッショニング期間」で衛星の基本機能の性能確認を行う。

それらが無事に終われば、定常段階へと移り、ミッション機器の較正や性能の検証を行う「初期較正検証期間」が7か月、そして天文台として定常観測を行う「Guest Observations期間」へと移る。

Guest Observations期間は約26か月が予定されており、この終了後、すなわち打ち上げから約3年で、定常運用は終了となる。これは主に、Resolveを冷却するための液体ヘリウムの量の関係で決まっている。液体ヘリウムは少しずつ蒸発することで検出器を冷やしており、また再利用はできず衛星の外に捨てるため、約3年で枯渇してしまうのである。

ただ、枯渇後も機械式冷凍機を使って、やや性能は落ちるものの観測を継続できるような仕組みももっており、ミッション完了審査・延長審査を経る必要はあるものの、「後期運用段階」として運用を延長することも検討されている。

XRISMのプロジェクト・マネージャーを務める前島弘則氏は「XRISMは『ひとみ』をリカバリーするミッションとして、日本だけでなく米国、欧州の方々と共に検討して開発を進めてきました。非常にチャレンジングな搭載機器を積んでいるため、開発ではさまざまな困難がありましたが、ひとつずつ解決し、ようやく完成に辿り着きました。確実に打ち上げて、確実に運用したいと思います」と意気込みを語った。

「衛星が地上試験のとおりに動いてくれれば、すごく良い成果が出てくるものと確信しています」。

また、プリンシパル・インベスティゲーター(研究主宰者)を務める田代信氏は「先日、海外の学会に参加したところ、「私はX線の観測でこんな成果を出した。これをXRISMで見たらさらにこんなことがわかる」という発表を沢山聞きました。若手を中心に、これからXRISMで何かやってやろうという意気込みが満ちているのを感じています。世界中で期待が大きく高まっており、その期待に応えるべく成功させたいです」と語った。

「ひとみ」を襲った悲劇から早7年、その意志を受け継いだ“熱い宇宙の中を観る瞳”が、いよいよ復活する。

  • XRISMを前に写真撮影するXRISMプロジェクト・マネージャーの前島弘則氏とプリンシパル・インベスティゲーター(研究主宰者)を務める田代信氏

    XRISMを前に写真撮影するXRISMプロジェクト・マネージャーの前島弘則氏(左)とプリンシパル・インベスティゲーター(研究主宰者)を務める田代信氏(右)