グーグル・クラウド・ジャパンは7月26日、オンラインでスタートアップ企業向けの支援に関する記者説明会を開催した。説明会にはスタートアップ向けプログラムを導入した、建設テックのH2Corporationの事例が紹介された。
Web3、AIスタートアップ企業のサポートを追加
Google Cloudにおける既存のスタートアップ向けプログラムは、シード、シリーズAまでの創業初期のスタートアップを対象に「資金面」「技術面」「ビジネス面」の3つの軸でサポートしている。
資金面では株式投資を受けている場合、2年間最大20万ドル分のGoogle Cloudクレジット(株式投資を受けていない場合は2000ドル)、技術面ではプログラム担当者のサポート、Googleエンジニアと1on1のガイダンス、専門家による指導、新技術に対するトレーニングコンテンツの提供や情報提供を行う。また、ビジネス面ではメンターシッププログラム(一部のスタートアップ限定)やコミュニティへの参加、Google主催イベントへの参加などとなっている。
グーグル・クラウド・ジャパン SMB & スタートアップ事業本部 事業本部長の長谷川一平氏は「既存のプログラムに加え、昨今の市場環境をふまえて今年の新しいプログラムではWeb3とAIスタートアップ企業へのサポートを追加した」と述べた。
Web3に関しては米Coinbaseやデジタル資産サービスを提供する米Nansenなど、多くの企業がGoogle Cloudを採用し、Google Cloud自体も昨年にWeb3開発者がブロックチェーンベースのプラットフォームで新しいプロダクトを構築・デプロイするための「Google Cloud Blockchain Node Engine」を発表している。
今回、追加したWeb3スタートアップへの支援は、Google Cloudが運営する招待制のDiscordチャネルへのアクセスや、Web3カンファレンスのGoogle CloudイベントへのVIPパス提供といったWeb3コミュニティへの招待に加え、同社のWeb3関連の製品ロードマップ共有とアーリーアクセス、無償のハンズオントレーニングラボなどが提供される。
さらに、Aptos、Celo、Flow、The HBAR Foundation、Near、Solana Foundation各社からの助成金やPolygon Venture Ecosystem Fundからの優先レビューの獲得と出資をはじめとしたWeb3エコシステムへの参加を支援する。
一方、AIスタートアップへの支援については、資金面で投資を受けている企業は2年間で最大35万ドルのクレジットを無償で付与。
加えて、Google CloudのAI製品チームが提供するウェビナーやライブQ&Aへの参加、最新製品のロードマップの提供、最新技術とAIにフォーカスした学習ラボの無償利用、ISV・SaaS提供企業向けプログラムへの招待、AIソリューションの開始と成長に関する設計ガイド、ベストプラクティスの利用をサポートしていく。
H2Corporationの事例
続いて、実際にプログラムを導入したH2Corporation 代表取締役社長の川嶋啓嗣氏と、同 CTO/CDOのNguyen Vu Thanh Tung氏の2人が同社における事例を解説した。
同社は2020年11月に建設テックとして設立し、中堅ゼネコンやサブコン向けの建設業務をクラウド上で一元するクラウドプラットフォーム「KISO」や、現場をアシストするAIおよび生成AIを開発しており、第1弾のサービスとして設備の積算を自動化する「AISekisan」を提供している。
川嶋氏は「クラウド基盤も重要だが、現場の人たちは日々利用するものや人間をサポートするツールが必要だ。そこで、まずはAISekisanを開発した」と話す。同サービスの開発にあたり、同社ではGoogle for Startupsクラウドプログラムに参加している。
積算とは、図面から資材を拾い、数量を算出したうえで見積を行うこと。従来は積算士が手動で資材を図面から拾うが、いまだに平面図(2D)からの拾いが多く、案件によっては100時間を要することもあるという。
また、多くの見積依頼に対応したいものの、積算士が不足し、採用も難しく、営業パイプラインを拡大できないことから売り上げを拡大できないとのことだ。多くの案件を積算できれなければ利益率が高い案件が選べないほか、協力会社の積算や見積金額の妥当性を確認したいが、難しい状況となっている。
そのような課題に対し、コンピュータビジョンを用いたAIで解決できるのではないかと考え、自動積算のプロジェクトに舵を切る。
プログラム参加から1年半でAI関連サービスを開発
2022年2月に研究開発のパートナーを求める形で大手ゼネコンにアプローチしたが、以前に建築や設備の自動積算を数年間挑戦したものの実現できなかったという経緯もあったため、H2Corporationの実現性も極めて低いとの認識を示されたという。
こうした経緯もあったことから、同8月に最新技術や学習方法、優秀なメンバーを集めれば実現できると考え、2人のAI学者を中心に研究開発を開始すると同時に、Google for Startupsクラウドプログラムに参加し、クラウドリソースのクレジットや高度なサポートを受けることにした。
川嶋氏は「もともとAWS(Amazon Web Service)上でさまざまな開発を行っていたが、Google Cloudのデータガバナンスやサポートなどを活用すれば実現できると思い、プログラムに参加した」と説明した。
2023年3月には、精度が高い状態で図面から資材が拾えることを検証。開発したAIモデルをプロダクト化するためにGoogle Cloud上でアプリケーションを開発し、α版をリリースしたことでユーザーを獲得しており、現在ではβ版をリリース。同6月には「自動演算システム、自動演算方法、機械学習モデル、及び、機械学習モデルの生成方法」の特許が認められている。
このように開発された、AISekisanは1枚10分以上かかる拾い作業を数十秒でAIが行い、数十枚の図面がある現場では拾い作業だけで数時間の効率化が図れ、91%の拾い精度のためミスなども低減でき、正確な数量をもとに見積を作成できるという。
さらには、内部の部材や労務単価をもとに原価表を簡単に作成、どこまで営業見積を圧縮できるかを容易に把握することが可能とのことだ。川嶋氏は「効率化の技術として10~20%の技術ではなく、大体の業務に関しては従来と比べて20分の1で完結できる」と強調する。
将来的な技術開発にもGoogle Cloudを
一方、Google CloudのメリットについてNguyen氏は「世界中でGPUのリソースを取り合う中で、研究開発を進める上でリソースが確保できることは重要。また、Google Cloudのフルマネージドサービスが活用できるため、当社のような小規模なチームでも高度なプラットフォームの開発と運用が可能になった」と話す。
同氏はCloud ArmorによるDDoS攻撃からの防御に加え、自動ソフトウェアアップデータでセキュリティリスクを低減できるためセキュアなプラットフォームだという。
加えて、サービスごとにGoogle Cloudのプロジェクト単位でデータ管理の責任を持たせるとともに、Dataplexで全社横断の一元的なガバナンスを実現し、包括的なデータガバナンスが実現できるという。
そのほか、BigQueryで効率よく大規模なデータ分析を可能としており、コストの予測・最適化・監視でコストコントロールができる点を評価していた。
今後、同社では大手不動産デベロッパーや設計事務所、鉄骨メーカーなどととの「開発エコシステムの構築」、機械設備といった他施工分野の積算、ゼネコン・サブコンの詳細見積を自動査定する「自動見積査定」の開発を検討。
さらに、生成AIを用いたものとして設備・電気の設計を自動化して施工前の図面作成時間を圧縮する「実施設計図自動作成」や「報告書自動作成」などの開発を想定している。
最後に川嶋氏は「新しい技術を使い、現場の方々に20~30倍の効率化のメリットを提供することが将来的なチャレンジだ。Google Cloudと開発できればと考えており、今後も支援・サポートに期待している」と結んだ。