基礎生物学研究所(基礎生物研)と金沢大学(金大)の両者は6月5日、日本のカブトムシ(Trypoxylus dichotomus septentrionalis)の核ゲノムとミトコンドリアゲノムを解読し、そのデータベースを一般公開したことを発表した。
同成果は、基礎生物研の森田慎一助教、同・新美輝幸教授、同・重信秀治教授、金大 疾患モデル総合研究センターの西山智明助教、米・モンタナ大学のDouglas J.Emlen教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
カブトムシが持つ大きな特徴の1つである角は、学術的な観点からも重要な形質であり、進化過程で新たに獲得された形質(進化的新奇形質)であると考えられている。同形質の獲得メカニズムを解明することは、生物の多様性創出の理解につながるという。カブトムシの角がどのようなプロセスを経て獲得されたのかを解明するためには、詳細なそのゲノム情報が何よりも重要であることから、研究チームは今回、カブトムシのゲノム解読に取り組んだとする。
ゲノム解読の結果、得られたゲノムの全長はおよそ6億1500万塩基対(ヒトゲノムの約5分の1)で、その中に2万3987個のタンパク質をコードしている遺伝子が見出された(ヒトは約2万2000個)という。
また、今回解読された日本のカブトムシゲノムと、2022年に解読された中国に生息するカブトムシのゲノムを比較すると、染色体構造の高い一致性が確認されたとする。この結果は、両集団間で染色体構造が進化的に保存されていることを示唆しているとする。
一方、1塩基レベルでは1.6%(945万7239塩基)の多型や挿入(130万8368個)が多数検出されたという。日本と中国のカブトムシは、地理的な分布に応じた遺伝的な分岐が報告されており、形態的な差異が存在している。研究チームは今回同定された多型について、この形態的な差異を説明する可能性があり、カブトムシの進化研究に有用な情報になるとしている。
さらに、カブトムシ、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)、カブトムシと同じ鞘翅目(しょうしもく)に属する甲虫で角を持っていないコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)、甲虫で角を持っているタウルスエンマコガネ(Onthophagus taurus)との間で共有される遺伝子の類似性の解析が行われた。この解析により、各生物種が進化の過程で独自に獲得した遺伝子を見出すことが可能となる。たとえば、カブトムシとタウルスエンマコガネの2種間でのみ共通する遺伝子グループは543個存在し、これらの遺伝子グループは、両種間で共通の形質である「角」の形成に関与している可能性が示唆されたとする。また、967個の遺伝子グループはカブトムシに固有であり、カブトムシ特有の形質を説明する可能性が考えられるとしている。
加えてカブトムシでは、性分化遺伝子である「doublesex(ダブルセックス)」(dsx)が、角の形成に重要な役割を果たしているとする。dsxは雌雄で異なる転写産物を複数生成するが、その中で角形成に寄与するdsxの転写産物は、雌雄間で529塩基対というわずかな違いを有しているだけだったとする。つまり、このわずかな構造の違いが、角の有無を決定する一因であることが明らかにされた。
また研究チームは、カブトムシの核ゲノムに加えて、約2万200塩基対からなるカブトムシのミトコンドリアゲノムの解読も実施。ミトコンドリアゲノムは、核ゲノムとは独立した遺伝情報で、細胞小胞器官のミトコンドリアに存在する。ミトコンドリアゲノムの情報は、系統関係など生物の進化を研究する上でも重要な役割を果たしていることが知られている。
今回の研究により解読されたゲノム情報は、カブトムシの角の進化的起源や遺伝的制御を解明する上で優れたリソースとなるという。さらに、カブトムシは進化発生生物学だけでなく、生態学、行動生物学、バイオミメティクスや創薬などの分野で研究モデルとしても活用されている。研究チームは、今回の研究成果で得られたゲノム情報についても、これらの広範な研究分野で利用されることが期待されるとしている。