九州大学(九大)は5月26日、電解質との混合が良好な新規の「デンドリマー型熱活性化遅延蛍光(TADF)材料」を開発し、同材料をセルロース(バイオマス)由来の電解質と組み合わせることで、黄色発光を示す活性層を電気化学発光セル(LEC)へと展開し、輝度半減寿命1300時間を達成したことを発表した。

同成果は、九大 先導物質化学研究所のアルブレヒト建准教授、同・山岡敬子テクニカルスタッフを中心に、独・ミュンヘン工科大学の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、材料科学や電子および磁性材料の工学などを扱う学術誌「Advanced Functional Materials」に掲載された。

LECは電界発光デバイスの一種であり、有機ELに対してコストパフォーマンスが優れることを特徴の1つとする。有機EL素子は一般的に多層の有機膜を積層する必要があるが、LECは発光材料と電解質を混合した単層の有機膜に電極を付けただけの単純な構造で完結する。

  • 多層の積層構造が必要な有機EL素子と発光層単層のLEC素子の構成例。

    多層の積層構造が必要な有機EL素子と発光層単層のLEC素子の構成例。(出所:九大プレスリリースPDF)

そのため、製造プロセスが簡便(印刷などの塗布プロセスが適用可能)、電極素材を選ばない(安価な金属などが使用可能)、駆動電圧が低い、といったメリットを有する。しかしその一方で、素子の寿命に課題を抱えていた。LECデバイスの発光材料が有機ELと共通のものが広く使われてきた中で、一般的に有機EL用の発光材料は疎水的であるのに対してイオン性の電解質は親水的で混ざりにくく、駆動後に分離するなど、劣化の原因になり寿命が短くなるとされている。

LECデバイスや有機ELデバイスでは、ホールと電子の注入によって生じる励起状態はスピン統計則に従って25%が一重項、75%が三重項となる。そのため、一重項励起状態のみが発光する蛍光材料は効率が低くなる。また、三重項励起状態が発光するリン光材料は効率が高くなるが、イリジウム(Ir)やプラチナなどのレアメタルが必要であることも課題だった。

そうした中、近年、第3世代の発光材料として注目を集めているのが、三重項励起状態を一重項励起状態へと変換して発光を取り出すTADF材料だ。同材料は、レアメタルを使用せずに発光デバイスの効率を高められるという大きな特徴を持つ。そこで研究チームは今回、LECデバイス向けに新規なデンドリマー型TADF材料の開発に着手。そして、開発されたLECデバイスによる黄色発光で、輝度半減寿命が1000時間以上の長いデバイス寿命を達成したとする。

  • 蛍光、リン光、TADF材料の発光原理。

    蛍光、リン光、TADF材料の発光原理。(出所:九大プレスリリースPDF)

研究チームがこれまで独自に開発した高効率な有機EL向けTADF材料は、末端に疎水的な「tert-ブチル基」を有していた。それを今回は、親水的な「メトキシ基」と置換することで、LECデバイスの寿命が10倍以上伸ばせることが確認されたとのことだ。

  • LECに適用したtert-ブチル基とメトキシ基を末端に持つ第2世代デンドリマー。親水的なメトキシ基を持つデンドリマーを使用したLEC素子の寿命は、疎水的なデンドリマーと比べて10倍以上。

    LECに適用したtert-ブチル基とメトキシ基を末端に持つ第2世代デンドリマー。親水的なメトキシ基を持つデンドリマーを使用したLEC素子の寿命は、疎水的なデンドリマーと比べて10倍以上。(出所:九大プレスリリースPDF)

デンドリマーは一般的な高分子と比べて分子量分布がなく、純度や耐熱性が高いなどの優位性があり、これまでにLECに使われてきた低分子材料・Ir錯体・銅錯体・高分子材料に対し、新たなカテゴリーに位置付けられるという。またデンドリマーの性能も世界最高水準であり、デンドリマー材料の開発は始まったばかりであるため、今後より高性能な材料の開発が期待できるとしている。

  • これまでの報告で、最も性能の高い緑色および黄色のLEC用発光材料の輝度と寿命。五角形が今回開発されたデンドリマーで、プロットの色は発光色。そのほか、○は共役ポリマー、◇はIr錯体、□はCu錯体、△は低分子。

    これまでの報告で、最も性能の高い緑色および黄色のLEC用発光材料の輝度と寿命。五角形が今回開発されたデンドリマーで、プロットの色は発光色。そのほか、○は共役ポリマー、◇はIr錯体、□はCu錯体、△は低分子。(出所:九大プレスリリースPDF)

今回開発されたデンドリマー型発光材料は、電解質としてバイオマス由来の酢酸セルロースを用いた場合にも、同様の長寿命を示すことが確認された。また電極として、酸化インジウムスズ(ITO)に代わってグラフェンの使用が可能であることも示されたという。今回の研究成果は、重金属を使用せず、環境に優しい材料でフレキシブルな発光デバイスを作製することに向けた、重要な一歩だと位置付けられるとする。

研究チームによると、今回開発された材料の発光効率は20%程度に留まっており、上限の100%までは大きな伸び代があるという。そして今後は分子構造を見直すことで、より高効率で寿命の長いLECデバイスにつながる材料の創製を行う予定とする。さらにその過程で、黄や緑だけでなく青や赤といった発光色を示す材料も開発することで、環境に優しい電解質と合わせて3原色が揃ったフレキシブルなフルカラー表示素子や照明の開発につながるものと期待できるとした。