東京大学(東大)は5月9日、ベンゼン環が直線状に連結した構造を持つアセン類において、規則的なナノサイズの空間を有する「多孔性金属錯体」(MOF)を利用することで、長いものでは数十個、平均して19個を連結させ、理論上の存在だった「ポリアセン」を合成することに成功したと発表した。

  • 最も細いグラフェンとみなされるポリアセン。

    最も細いグラフェンとみなされるポリアセン。(出所:東大プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 工学系研究科の植村卓史教授、同・北尾岳史助教、同・三浦匠大学院生、奈良先端科学技術大学大学院の山田容子教授(現・京都大学所属)、東大の一杉太郎教授、京都大学の関修平教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学および材料合成に関する全般を扱う学術誌「Nature Synthesis」に掲載された。

アセン類は、ベンゼン環の数が増えるにつれて電子が広範囲にわたって移動しやすくなるため、優れた導電性・発光・磁気特性を示す。そのため近年では、有機エレクトロニクスやスピントロニクスの分野において注目されている。

アセン類の歴史は、1912年に5個のベンゼン環が直線上に並んだ「ペンタセン分子」が合成されたことで始まった。しかしアセンは、長くなると溶解性や安定性が大きく低下するため、合成がより困難になっていく。現在最長のアセンは、2020年に報告されたベンゼン環12個からなる「ドデカセン」であるが、従来法でこれ以上長いアセンを実現するには限界が迫っていた。そこで研究チームは今回、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、規則的なナノサイズの空間を有するMOFに着目し、ポリアセンを合成するための新手法の開発を試みたという。

研究チームではこれまで、MOFのナノ細孔を反応場とすることで、高分子やナノカーボン材料の制御合成に成功していた。そこで今回はまず、一次元状の空間を持つMOF内に、ポリアセンの原料となるモノマーを導入し連結反応を行うことで、ポリアセンの前駆体となる高分子を合成することにしたとする。

  • アセン合成の歴史(左)とMOFを用いたポリアセン合成(右)。1912年にペンタセンが合成されてから100年以上経過した現在でも、ベンゼン環の個数は12個にとどまっていた。MOFを用いることで、ポリアセンの合成に成功した。

    アセン合成の歴史(左)とMOFを用いたポリアセン合成(右)。1912年にペンタセンが合成されてから100年以上経過した現在でも、ベンゼン環の個数は12個にとどまっていた。MOFを用いることで、ポリアセンの合成に成功した。(出所:東大プレスリリースPDF)

単にモノマーのみを加熱しただけでは、反応位置が制御できないため、枝分かれ構造が形成されてしまうが、MOFの細孔内ではモノマーが一次元的に配列しているため、望んだ反応位置でのみ連結させることが可能だ。そして得られた複合体を塩基で処理し、MOF骨格のみを選択的に除去することで、前駆体高分子が単離。さらにその後に加熱処理を施すことで、ポリアセンへの変換に成功したという。

各種分光学的手法によってポリアセンの構造が詳細に解析したところ、長いものではベンゼン環が数十個以上つながっていることが示唆され(平均個数は19)、これまでの最長記録を大幅に更新したことが確認されたとする。

今回の手法により、従来は理論上の存在であったポリアセンの合成が実現された。ポリアセンは、炭素原子一層からなるグラフェンをベンゼン環1個分の幅でリボン状に切り出した構造であることから、特異なトポロジカル機能が期待され、将来的なナノデバイスへの応用も視野に入るという。そこで、得られたポリアセンがどのような物性を示すのかを調べるため、その構造安定性や電子・磁気特性の一端も解明された。

研究チームは今後、反応のスケールアップによる大量合成が可能なことから、これまで未踏であるポリアセンの光・電子・磁気特性の解明に取り組み、最細グラフェンの特異な機能を利用した太陽電池やナノデバイスなど広範な応用展開を目指すとしている。