分離時の衝撃が想定よりも大きかった?

下流機器の短絡/地絡の可能性が高いことまでは分かったものの、難しいのは、どこで、どうやって問題が起きたのか、特定することだ。JAXAは今回、根拠の確からしさをR1~R5の5段階に分類。検討範囲の絞り込みと検討の優先度付けを行うことで、特定作業のスピードアップを狙った。

最優先に進めるのがR5のケースだ。R5として考えられるのは、点火プラグの「エキサイタ」かバルブを駆動させる「ソレノイド」が、フライト中の機械的環境(振動、衝撃)や真空環境(グロー放電)の影響等により短絡/地絡し、着火信号でオンになったことで過電流の発生に至ったというケースである。

R4/R3については、調査対象から排除はせず、引き続き検討は進める。ただ、R4/R3は着火信号と同時に発生したことの説明ができず、たまたまそのタイミングで起きたことになるため、確率的に可能性は小さい。R2/R1については、フライトデータで否定する証拠があり、原因からは排除した。

  • R5を最優先で調べる

    R5を最優先で調べる。R4/R3は可能性として小さいが、排除せず (C)JAXA

今回の調査結果で1つ気になるのは、第2段の分離時の衝撃レベルが想定よりも大きかったということだ。第1段の燃焼終了後、第2段を分離するには、火薬で作動する火工品が使われる。このときに衝撃が発生するわけだが、電気系の機器が搭載されるスラストコーン部において、規定を超過した衝撃を計測していたという。

超過の原因を調べるため、JAXAは今回、第2段の実機を使って検証。ハンマーで叩いて衝撃を与え、それが各部にどう伝達するか調べた。その結果、フライトデータと同様に、想定を上回った衝撃が確認できたという。

  • 分離時の衝撃レベルが想定よりも大きかった原因を調査

    分離時の衝撃レベルが想定よりも大きかった原因を調査した (C)JAXA

H3の第2段はH-IIAより直径が大きいため、もともと火工品の量は増えているそうだが、問題となったのは、その衝撃があまり減衰しないまま、スラストコーンまで伝わってしまったことだ。分離面からスラストコーンまで、徐々に直径が細くなるため、エネルギーが集中した可能性があるという。

ただ、想定より大きいとはいえ、開発時の衝撃試験のレベル以下であり、今回、より大きな衝撃レベルで試験しても問題無かったことから、これが単独で短絡/地絡の原因となったとは考えにくい、とJAXAは見ている。

同時に、製造記録の検証も進めた。異常はまだ見つかっていないものの、エキサイタとソレノイドについては、いくつか特記事項がある。

エキサイタは、2020年8月にH-IIAで発生した製造不具合(半導体チップの接合不良)からの水平展開によって、領収燃焼試験後の2020年11月に交換されていた。この対策品は、H-IIAの46号機でフライト実績があり、H3が初搭載ではない。

またH-IIAでは2019年にもコイル収納方法の不良で地絡させた製造不具合があり、この水平展開として、H3では改善した収納方法で組み立てていた。この方法も、H-IIAの43号機、45号機、46号機でフライト実績がある。

  • H-IIAでの問題は製造時の不具合

    H-IIAでの問題は製造時の不具合であって、飛行時に起きたわけではない (C)JAXA

ソレノイドは、2018年にH-IIAで発生した作動不良(内部部品の接触)の水平展開として、領収燃焼試験の前に、ソレノイドを分解して対策品に交換している。この対策品も、H-IIAの42号機~46号機でフライト実績があるという。

いずれの変更もすでにフライト実績があり、直接、H3の失敗と結びつくものではないが、フライト実績の回数が少ないことにはやや注意する必要があるかもしれない。

第2段エンジンは、製造開始から約3年半が経過していた。これは、H-IIAに比べると長期の保管となるが、各機器は寿命要求の範囲内。PNPは作動寿命(5000回)→作動回数(1000回未満)、エキサイタは作動寿命(300回)→作動回数(87回)といずれも十分余裕があり、問題があったとは考えにくい。

原因究明はより具体的で詳細なフェーズに

H3ロケットは、3月2日に総合機能点検を実施しており、この時点では、ソレノイドとエキサイタに異常は無かった。では、この後、なぜフライト時に異常が発生したのか。

前述の検証結果から、JAXAは、今回の再現試験で使用したものと同じように実機が製造されていれば、フライト時に短絡/地絡が生じる可能性は低かったと判断。たまたま、製造時のバラツキで短絡/地絡しやすい状態になっていて、フライト時の環境によって短絡/地絡が発生したような複合的な要因ではないか、と見る。

原因究明を進めるため、まずコンデンサなど部品レベルで要因の絞り込みを実施。さらに、今回の事象を説明可能な故障シナリオを抽出し、検証を進める。故障シナリオは今のところ計17種類が考えられているが、随時、見直しを行う。今後、試験などで検証し、可能性が無いものを排除していく。

  • 電気系に関連する各部品と、短絡/地絡しやすい状態の例

    電気系に関連する各部品と、短絡/地絡しやすい状態の例 (C)JAXA

  • 故障シナリオNo.1~4の概要

    故障シナリオNo.1~4の概要。これら1つ1つの検証を進める (C)JAXA

一例として、No.13の「エキサイタ内部のトランスの故障」に触れたい。これは、PNPオン時の瞬間、トランスの1次側と2次側との間でグロー放電が発生し、回路が損傷。そのあと着火信号で通電したとき、損傷場所を通じて過電流が発生した、というシナリオだが、注目したいのは、PNPオン時の高度が、放電が起きやすい条件だったということだ。

低高度で気圧が高くても、高高度で真空に近くても、放電は起きにくい。しかしその間、ちょうど良い空気の薄さでは、数百V程度で放電が起きる可能性があり、H3でPNPをオンにする高度は、まさにこのタイミングだった。なおH3は高度約50kmでPNPをオンにするのに対し、H-IIAは約10kmで、放電は起きにくい条件となっていた。

  • H3でPNPをオンにするのは、放電が起きやすい高度約50kmだったという

    H3でPNPをオンにするのは、放電が起きやすい高度約50kmだったという (C)JAXA

今後は、こういった検証を進め、要因を絞り込んでいく。しかし難しいのは、やはり初号機の実機がすでに失われており、実物での検証ができないということだ。最終的に1つに絞り込めず、いくつかの要因が残る可能性も高いが、その場合は、どこかの段階で見切りを付け、残った全ての要因について対策を施すこともあり得るだろう。

現在、H3の失敗を受け、第2段の共通部分が多いH-IIAの打ち上げまでが止まっている。この異常事態が長く続くと、日本の宇宙開発への影響はあまりにも大きいため、少なくとも、なるべく早く問題を切り分け、H-IIAの打ち上げ再開だけでも急ぎたいところだ。JAXAは技術的な難しさだけでなく、時間的な難しさにも迫られている。