2回の宇宙飛行は「ロケット馬鹿」だった自分を変えた。元宇宙飛行士で京都大学(京大)特定教授の土井隆雄さんは、そう語る。小さいころから宇宙や星に興味があり、自分で宇宙に行って宇宙の神秘を解明したいと思っていた。だが宇宙に行って、生命の躍動にあふれる地球の姿を見て、重要なことに気づいた。「それが生命です」。どうやってこの宇宙の中で生命が生まれ、育まれてきたのか。それを解明したいと考えるようになった。
その後、土井さんは宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職、国連宇宙部を経て2016年春から京大へ。現在は「宇宙の森作り」を掲げ学生たちと研究活動を続ける。来年には世界初となる「木造人工衛星」を打ち上げる予定だ。そして今、木造人工衛星2号機打ち上げに向けて、クラウドファンディングへの協力を呼びかけている。そもそもなぜ、森なのか? そしてなぜ、木造衛星なのか? 土井さんに聞いた。
土井さんは京大着任後、恒久的に人間が宇宙に行くにはどうしたらいいかを系統的に考えようと「有人宇宙学」という学問を立ち上げた。霊長類研究所の教授らと話すうちに、人間が環境の変化に耐え生き延びることができたのは、社会を作り、互いに守りあったからだと知る。人間が宇宙で社会を作るには、家などのインフラが必要だ。とは言ってもコンクリートや鉄を宇宙に運ぶことは非現実的。そのときに土井さんの脳裏に浮かんだのが、京都で見た神社仏閣だった。
「京都は1000年以上栄えた日本の都です。古い神社やお寺を見て回ると、木造建築が1000年経っても建物の形が残っている。大きな建造物もあります」。そこでひらめいた。宇宙に種をもっていって木を育てれば、建築資材に使える。地産地消になると。こうして土井さんの「宇宙の森作り」への取り組みが始まった。
宇宙で木は使えるのか
宇宙で木が使えるのだろうか? 腐ったりしないのか。剛性は変化するのか。真空環境や放射線の影響はどうか。調べることは山のようにあった。
まず始めたのが真空実験だった。真空チャンバの中に9種類の木材を置いて、物性がどう変化するか実験を開始。2年経っても木はボロボロにならないし、寸法も剛性もほとんど変わらない。その実験は、木の種類を増やしながら今も続けているという。真空環境でも木は強いという実感を得て、宇宙で実証しようと、2017年から木造人工衛星を提案した。
住友林業との共同研究によって開発された木造人工衛星「LignoSat(リグノサット、Lignoはラテン語で木を意味する)」1号機は、木材が宇宙の環境に耐えるかを検証するのが目的だ。2020年から開発を本格化させ、2024年2月に打ち上げ、同年3月にISS(国際宇宙ステーション)「きぼう」日本実験棟から放出される予定だ。
2022年には、JAXAの第1回宇宙環境曝露実験(ExBAS)に参加し、世界で初めて木材試料木片(ヤマザクラ、ダケカンバ、ホオノキ)の宇宙環境での約10か月間にわたる曝露実験を行った。実験の目的は宇宙環境、特に宇宙放射線や極紫外線、原子状酸素などの影響を詳細に調べるもの。実験試料は地上に戻り、詳細な解析結果は5月12日に住友林業から発表された。
2号機では「木造衛星」ならではのメリットをいかした実験を
最初は「木が宇宙で使えるか」を検証するのが目的だった木造人工衛星。だが「開発を進めるうちに木造人工衛星自体が非常にユニークであり、地球周回の衛星として持つべき性質を備えていることに気づいた」と土井さんは語る。具体的にどんなことなのか。
まずは「地球環境に優しい衛星であること」。現在の人工衛星は、軽くて耐久性に優れたアルミニウムなどの材料が使われることが多い。役目を終えた地球近傍の人工衛星は、スペースデブリ(宇宙ゴミ)にならないように、地球大気圏に突入させることになっている。大気圏再突入によって、衛星が燃え尽きるというイメージを抱いている人が多いが、「実際はそうではない」と土井さんは指摘する。
「アルミニウムは大気圏に突入する際に酸素と反応して酸化アルミニウムになり、小さな粒子になる。計算すると、1μmのアルミナ粒子は40年ぐらい大気圏内に滞留します。現在、世界では大量に人工衛星を打ち上げる計画がありますが、アルミナ粒子の滞留が増えると、太陽光を反射し、冷却化など地球の気象変化が起きると考えています」
それを防ぐにはどうしたらいいか。ここで木造人工衛星の出番だ。「木材は水素と炭素と酸素からなり、大気圏に突入しても水蒸気と二酸化炭素にしかならない。地球環境を汚さない衛星なんです。低軌道を周回する人工衛星はすべて木造衛星にしたらどうかと考えています」と話す。
木造衛星の利点はそれだけではない。「木は電磁波を通します。一方、金属は電磁波を遮断するのでアンテナを外に出す必要がある。現在の衛星は通信用アンテナを衛星の外側に出して展開しています。すると開閉するメカニズムが複雑な機構になって失敗のリスクが高まる。木造衛星は電磁波を通すのでアンテナを外に出す必要がなく、衛星の内部に入れておけばいい。その実証実験を2号機で行う予定です」。木材は磁場も通すため、姿勢制御用の地磁気センサも衛星に内蔵する。
宇宙で木を使う利点は多い。木はマイナス約100℃からプラス約100℃まで物性が変化せず、安定している。断熱性が高い。宇宙空間には酸素も水分もないから、燃えることも腐ることもない。これまでに行った多様な実験で、木は過酷な宇宙環境でも劣化せず、長く使えることがわかっている。「木は宇宙空間でも非常に強い。宇宙で木が使えることをさまざまな実験が証明してくれています」(土井さん)
木造人工衛星2号機では、衛星内部に納めたアンテナを使った通信実験や、地磁気を使った姿勢制御も行う計画だ。打ち上げは2026年を目指す。2024年に飛び立つ木造衛星1号機は世界初挑戦だが、アンテナを内蔵した2号機の通信実験も世界初のチャレンジとなる。
京大では、この2号機開発のための資金をクラウドファンディングで募っている。「衛星開発は技術を継承していくことが大事です。1号機を開発した学生が在籍している間に2号機の開発を進められれば、知識や技能が次の世代の学生さんに継承される」という。
世界初の木造衛星を一度打ち上げたら終わりではなく、継続して打ち上げることで技術や知見を継承していく。木造衛星による宇宙の研究開発にとって、今、重要な局面を迎えている。