多数の衛星で構成される衛星コンステレーションが増えるにつれて、役割を終えた後の宇宙機の大気圏再突入に関心が高まっている。早期に軌道を離脱して軌道を安全にするだけでなく、金属のかたまりである衛星がどれだけ「燃え尽きる」のかという観点も浮上してきた。

宇宙機を構成するアルミニウム素材は、大気中で燃えても一部がアルミナの微細な粒子となって高度15km~70kmの中層大気にとどまり、大気汚染の原因になる可能性が指摘されている。これまでは、宇宙機の数が少なかったため影響も軽度だったものの、すでにStarlink衛星が3500機以上も軌道上にあることを考えれば、その対策は急務のはずだ。

京都大学と住友林業が2021年から開発を始めている木造衛星「LignoSat」は、燃え尽きる(環境への影響が小さい)素材である木材を衛星の材料とするプロジェクトだ。元宇宙飛行士の土井隆雄特定教授らが開発を進め、現在は国際宇宙ステーション(ISS)で材料の曝露実験が行われているほか、ISSからの放出を目指す技術試験衛星の開発も進められている。エンジニアリングモデル(EM)まで進んだLignoSatの現在を紹介する。

まるで茶箱や船箪笥? 木造衛星のユニークな存在感

LignoSatは、構体系バスシステムをほぼ全面的に木造化した1Uキューブサットだ。木材が衛星構体の材料として機能しうることを検証する技術試験を目指し、ISSから放出後およそ1年にわたって衛星を内部からモニタリングする。

  • 開発中の木造人工衛星「LignoSat」試験機
  • 開発中の木造人工衛星「LignoSat」試験機
  • 開発中の木造人工衛星「LignoSat」試験機(提供:京都大学)

ミッション目標は

  • ひずみを計測するセンサーを搭載し、木材の宇宙での物性変化をリアルタイムで追跡する
  • 内部温度を計測し、宇宙での木材の断熱特性を評価する
  • 将来の姿勢制御装置の取り付け位置を最適化するため、地磁気を測定する
  • 宇宙放射線の影響で発生する搭載コンピュータのビット内情報の反転(SEU)発生回数を調べ、木造構体と金属構体の違いを調査する

となっている。木材を長期に宇宙環境に曝露したデータはまだなく、反ってしまうといった問題が発生しないかLignoSat自身が体を張って調査することそのものがミッションだ。木材は吸湿性も高いため、ベーキングなど事前の処理によって不要なガス放出が起きないよう対策も施す。衛星のバス系には、九州工業大学が開発したプラットフォームを用いて信頼性を高めている。

木造構体は、「留形隠し蟻組接ぎ(とめがたかくしありくみつぎ)」という木組みの工法を用いている。木材の縁に台形のほぞを設けて板と板を組み合わせ、釘やネジ、接着剤を使用せずに剛性を出すことができる伝統的な工法だ。外側にはアルミフレームが取り付けられているが、実はフレームで木材を保持しているわけではなく、ISSの超小型衛星放出インタフェースに合わせるためのもの。LignoSatの構体は、木材だけで衛星として自立できるのだ。

完成時には外側に太陽電池パネルが貼付けられて、金属構体の衛星とあまり見た目は変わらない姿になるとみられるが、貼付け前の木材が見えている様子はまるで茶箱や船箪笥のようだ。人工衛星のイメージを覆すユニークな存在感を放っている。

ヤマザクラ製の構体は、すでに熱構造モデルを用いた振動試験を終え、ISS放出に求められる剛性要求をすべて満たしたという。今後は、木造構体の表面に太陽電池パネルを貼り付ける際の接着剤や下地の性能に関する試験を進め、ヤマザクラとホオノキの2種類の木材で検証する計画だ。なお、衛星放出の時期は2023年以降とみられる。

植物性の材料を使用した宇宙技術の分野では、大分大学が竹の繊維から作られたセルロースナノファイバーの宇宙利用を模索している。竹由来のセルロースナノファイバーは、シートやフィルム状に加工でき、アクリルよりも曲げに強く、熱による変形が小さいなどの特性があり、木材と同様に大気圏再突入時の燃え尽きやすさも期待できる。宇宙機製造の現場で、木材や竹などの植物性材料が活躍する日が、遠くない将来に訪れるかもしれない。