宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月13日、小惑星探査機「はやぶさ」シリーズに搭載された電気推進方式の一種であるイオンエンジン「μ10」の中和器内部のプラズマ生成部を可視化し、どのようなエネルギー・密度のプラズマが分布しているかを網羅的に明らかにしたことを発表した。

  • (左)マイクロ波放電式中和器の概略図。(右)内部プラズマの観測写真

    (左)マイクロ波放電式中和器の概略図。(右)内部プラズマの観測写真(出所:JAXA ISAS Webサイト)

同成果は、東京大学大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻の森下貴都特別研究員(現・JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 専門・基盤技術グループ研究開発員)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Journal of Applied Physics」に掲載された。

μ10などの電気推進方式は、高温高圧のガスを噴射する化学推進に比べると推力は小さいが、燃費(比推力)に優れ、宇宙機をより遠くの宇宙に送り込むために適している。イオンエンジンは、イオン噴射により推力を発生する「イオン源」と、イオン噴射で宇宙機が負に帯電することを防ぐために電子を放出する「中和器」の2つの要素で構成され、μ10に限らず多くの電気推進機で、この中和器の寿命がエンジンの寿命や性能を縛っているとされる。

しかし、中和器の劣化メカニズムの解明や長寿命化は、プラズマ物理や材料化学などの学際的な理解が必要であり、容易ではないという。また、今後の深宇宙探査ミッションに向けて、大推力化(=大電子電流化)が求められているが、一般に大電流を流すと劣化が早く進むため、より一層の劣化対策が必要となる。そこで今回の研究では、中和器内部のプラズマ生成部を可視化して、どのようなエネルギー・密度のプラズマが分布しているかを網羅的に調べたという。

μ10の中和器は、複数の種類がある中和器の中で、「マイクロ波放電式」に分類される。強電界・高温化によるプラズマ生成を採用するほかの中和器に比べ、マイクロ波放電式は、原理的に長寿命が期待されること、システムが簡単であること、即時点火が可能であることなどが優れた点とされる。

性能向上および劣化メカニズムの解明を目指した、これまでの中和器に関するさまざまな計測では、計測装置そのものによりプラズマの状態が変化してしまい、現象を正しく計測できないことが課題となっていた。そこで今回は、中和器内部を可視化することで、プラズマに非接触でプラズマをあまり乱さない光学的な計測法を採用することにしたとする。

プラズマ源は内部壁面との電荷の授受が重要で、特にμ10の中和器は電子を放出する代わりに内部壁面でイオンの電荷を吸収する必要がある。可視化には光を通す窓が必要だが、ガラスのような絶縁性材料を利用すると、プラズマの境界条件がオリジナルのプラズマ源とは異なり、状態が変化してしまうことが問題だという。