慶應義塾大学(慶大)のベンチャーキャピタル(VC)である慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)は、2015年12月17日の創業以来、7年強の期間で順調に成長し、私立大学第一号VCとしての存在感を十二分に発揮している。

同社は最初の投資ファンドとして、「慶應イノベーション・イニシアティブ1号投資事業有限責任組合」を2016年に設立し、45億円規模で運営している。KIIの宜保友理子(ぎぼゆりこ)リレーションシップ・マネジャーは、続いて第二号投資ファンド「KII2号」を2020年1月21日に設立して103億円規模で運営し、さらに「第三号の投資ファンドも用意し始めている」と説明する。

  • KIIの宜保友理子リレーションシップ・マネジャー

    KIIの宜保友理子リレーションシップ・マネジャー

第一号投資ファンドは、2026年までの10年間の運営予定(最大2年間延長の可能性)で、続く第二号の投資ファンドは、2029年12月31日までの運営予定(同様に最大2年間の延長可能性あり)と公表している。そして、現在構想中の第三号投資ファンドは、2023年度に150億円規模で設立する計画を進めている模様だ。これを見ると、順調に成長し続けるVCといえる。

  • KIIの第一号投資ファンドと第二号投資ファンドの概要

    KIIの第一号投資ファンドと第二号投資ファンドの概要(出典:KIIWebサイト)

「第一号ファンドでは19社に投資し、第二号ファンドでは26社まで投資済みだ」と、宜保氏は説明を続ける。特徴的なのは、第一号ファンドで投資したベンチャー企業の追加投資は、その第一号ファンド内で実行するという独自の"ルール"だ。先輩格に当たる京都大学VCや大阪大学VC、東北大学VCなどの国立大学系VCでは、第一号ファンドで投資した当該ベンチャー企業の追加投資を、第二号ファンドから行うことはあまり珍しいことではなく、むしろごく普通の投資活動になっているといえる。

この慶大VCの独自規則は、投資ファンドを組む際の出資者との"約束"のようだ。第一号と第二号の投資ファンドは、慶大、三井住友銀行などの銀行系、中小企業基盤整備機構、野村ホールディングスなど多彩な顔ぶれで、1大学・1公的法人・17社が名前を連ねている(野村ホールディングスはKIIの株主でもある)。

そして興味深いのが、投資したベンチャー企業が目指す事業範囲を「デジタル・テクノロジー領域」と「医療・健康領域」の2分野で説明していることだ。こうした投資先分類の設定は、国立大学系VCとは大きく異なっている独自な考え方だ。現時点で「デジタル・テクノロジー領域では21社に、医療・健康領域では24社に投資済み」という。

KIIは投資結果として、やはり上場したベンチャー企業を列挙している。その上場した企業としては、クリングルファーマとInstitutionn for a GlobalSociety、坪田ラボが挙がる。クリングルファーマについては、KIIによる投資案件に大阪大VC が協調投資した案件になる。

また、2020年に最も企業価値が増加した企業として、APBを挙げている。同社は次世代型リチウムイオン電池の「全樹脂電池」の開発・量産化を目指している独創的なベンチャー企業だ。

2015年12月に設立したKIIは、その約4年後の2020年3月時点では経営陣・社員を含めて4人だったが、翌年の2021年3月時点で6人、そしてその翌月の2021年4月は9人と、取締役や執行役員、"プリンシバル"と呼ばれる投資事業の担当者を順調に増やし、投資事業態勢を築いた。そして、「第三号投資ファンドの設立・運営を目指し、さらに人員の拡充を図る構えだ」という。これは、成長軌道に乗っていることの動きといえる。

この人材拡充を図りつつある流れを象徴するのが、宜保氏の採用のようだ。宜保氏は、早稲田大学政治経済学部を卒業し、早稲田大大学院で国際関係学を修了。その後、内閣府のプログラムによって米・スタンフォード大学など3カ所で産学連携などのコーディネーターを務め、さらに2006年3月には沖縄県に移り、沖縄TLO(技術移転機関)の創業メンバーとして活動したという経歴の持ち主だ。そしてその後、「慶大医学部やイノベーション推進本部の特任准教授として活躍し、2020年10月にKIIに入社した」という。

彼女はこうした多彩な経歴を生かして、「大学や公的機関などから新規のベンチャー企業を立ち上げる際のさまざまな支援業務を果たしたい」といい、KIIの投資業務に多様な視点を盛り込む構えのようだ。そして、「計画立案中の第三号投資ファンドでは、社会貢献のインパクトを示す数値などで評価される存在感がある立派なVCになることを目指す」と、力強く語った。