前澤氏らを乗せたスターシップはどう飛ぶ?

前澤氏らが乗り込むスターシップは、スペースXが開発中の巨大宇宙船である。

その全長は50m、直径は9mもあり、これまでに開発されたどんな宇宙船よりも大きい。さらに、このスターシップを宇宙へ打ち上げる「スーパー・ヘヴィ」と呼ばれるブースターと組み合わせると、全長は120m、直径は9mもの巨体となる。

スターシップには最大100人の乗員乗客、もしくは100t以上の衛星や物資を搭載し、地球を回る軌道へ飛行できるほか、軌道上で推進剤の補給を受けることで、そのまま月や火星へ飛んでいくこともできるなど、従来のロケットをはるかに超える打ち上げ能力をもつ。

くわえて、スターシップもスーパー・ヘヴィも機体を完全に再使用でき、何回も飛行することで、従来のロケットより桁違いに安いコストで打ち上げることを目指している。マスク氏の発言では、「最も安い想定では、1回あたりの打ち上げコストは約100万ドル」とされている。

dearMoon計画では、前澤氏らを乗せたスターシップは打ち上げ後、「自由帰還軌道(free return trajectory)」と呼ばれる軌道に乗り、月へ向かって飛行。そして月の裏側を回って地球へ帰還する。打ち上げから帰還までは約1週間の旅となる。

月を周回する軌道に入ることはなく、月面に着陸もできないものの、自由帰還軌道に乗ると基本的にエンジンを噴射する必要がなく、なにもしなくてもかならず月でUターンし、地球へ戻ってくることができる。つまり、月へ向かう軌道に乗ったあとに万が一トラブルが起きても、漂流する心配がない、安全性が高い軌道なのである。

また、最接近時には月の地表から約200kmほどにまで近づくことができ、条件によっては月の裏側を通り抜ける際に地平線から昇る地球を見ることもできるため、月旅行としての魅力も失われない。

今回のdearMoonのクルー発表に際し、スペースXの顧客統括部 責任者を務めるジェシカ・ジェンセン(Jessica Jensen)氏は、「弊社は、このような素晴らしい人たちがdearMoonプロジェクトに参加してくれることを大変嬉しく思っています。彼らの飛行に先立ち、我々は迅速に再利用可能な惑星間輸送システムであるスターシップの開発を大きく前進させ続けています。dearMoonに参加するクルー達が、月面の上空200km以内を移動し、月周回を終えて安全に地球に帰還することを楽しみにしています」とコメントしている。

  • dearMoonの飛行経路

    dearMoonの飛行経路。自由帰還軌道で飛行する (C) SpaceX

  • スターシップの中で演奏するアーティストの想像図

    スターシップの中で演奏するアーティストの想像図 (C) SpaceX

スターシップの開発状況は?

スターシップは現在、スペースXがテキサス州ボカ・チカにもっている施設で開発中の段階にある。これまでに、スターシップの試作機を使い、高度約10kmまでの飛行、着陸試験を経験しており、スーパー・ヘヴィも地上での試験が続いている。両者を組み合わせ、地球を回る軌道へ打ち上げられたことはまだ一度もない。

スターシップをめぐっては、以前は2021年中にも軌道への試験飛行を行うとされたが、米国連邦航空局(FAA)によるボカ・チカの環境への影響評価の遅れなどにより、まだ実現していない。FAAによる環境への影響評価は今年6月に完了したが、スペースXに対し、数十の環境負荷軽減策を取ることを求めている。

一方、スターシップは夏から現在にかけ、地上でのロケットエンジンの燃焼試験を行ったり、そのエンジンの改良を行ったりといった取り組みを続けている。

またスーパー・ヘヴィも、試験機である「B7」がエンジンを11基装備した状態で地上燃焼試験を実施。さらに次の試験機「B9」の試験の準備も進んでいる。

現時点では、スターシップがいつ初飛行するかはまだ明らかになっていないが、来年はじめごろにも行われる可能性がある。

また、前澤氏以外にも、スターシップによる打ち上げを契約している企業もある。日本のスカパーJSATは今年8月、自社の通信衛星の打ち上げでスターシップを使う契約を締結。さらに一部報道では、スマートフォンと衛星間の直接通信を目指す米国のASTスペースモバイル(AST SpaceMobile)が、複数の打ち上げを契約した際、スターシップを使うオプションが含まれていたとされる。

さらに、米国航空宇宙局(NASA)などが進める国際有人月探査計画「アルテミス」では、スターシップを改造した月着陸船を使うことが計画されており、2025年に予定されているアポロ計画以来となる有人月探査ミッション「アルテミスIII」でもさっそく使用されることになっている。

その巨大さ、複雑さから、スターシップはまだ海の物とも山の物ともつかないというのが実際のところだろう。しかし、少しずつではあるが飛行に向け前進していることは間違いない。

発表に先立ち、前澤氏はマスク氏とミーティングを行ったことを明らかにしており、スターシップの開発状況についても話を受けたものとみられる。それを受けた今回の発表でもなお、2023年に出発すると明言したからには、楽観視できる前向きな内容だったことが伺える。

おりしも現在、アルテミス計画の最初のミッションとなる「アルテミスI」の宇宙船が、月から地球へ向けて帰路の途中にある。さまざまな人々が、さまざまな宇宙船で月へ飛び立とうとしているいま、ふと月を見上げれば、その距離が少しばかり縮まったように感じられるかもしれない。

  • 発射台に立つスターシップ/スーパー・ヘヴィの試作機

    発射台に立つスターシップ/スーパー・ヘヴィの試作機 (C) SpaceX

  • 飛行試験を行うスターシップの試作機

    飛行試験を行うスターシップの試作機 (C) SpaceX

参考文献

dearMoonクルー決定
SpaceX - Updates
SpaceX - Starship