ブロックチェーンプラットフォームの一つである「Ethereum(イーサリアム)」は、9月15日に大型バージョンアップ「The Merge」を迎える。その大まかな中身は、「PoW(Proof of Work)」から「PoS(Proof of Stake)」への移行だ。

いや、ちょっと待ってほしい。PoW?PoS?……非常に難しい。何から何に移行するのだろうか。今回のバージョンアップで何が変わるのだろうか。ビジネスパーソンにも関係あるだろうか。筆者にも理解できるだろうか。不安は尽きないが、こんな時こそ識者を頼ってみるのが良いだろう。

今回話を聞いたのは、コインチェックの執行役員を務める大塚雄介氏だ。コインチェックの共同創業者でもあり、マーケティングや広報、株主総会支援事業などを統括している。最近ではWeb3時代をけん引するスタートアップやDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)を支援するために「Coincheck Labs」を立ち上げ、投資や啓蒙活動にも従事している。

  • コインチェック 執行役員 大塚雄介氏

    コインチェック 執行役員 大塚雄介氏

--そもそもイーサリアムとは何でしょうか

大塚氏:イーサリアムを一言で表現するのは難しいですね。イーサリアム財団は「ワールド・コンピュータ」と呼んでいますが、それだけで理解できる人はあまり多くないでしょう。イーサリアムは他の暗号資産として有名なビットコインなどと同じく、ブロックチェーンという技術に基づいています。

現在のインターネット環境では、GoogleやAmazonなど、いわゆるGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)がサーバを管理しているため、サービス内容はこれらの企業に依存せざるを得ません。

これに対して、ブロックチェーン技術は不特定多数人のPCをつないで仮想的な1つのサーバを形成する技術です。そのため、どこかのサーバが仮に止まったとしてもサービスを継続できる利点があります。また、多くの人が関わってサーバを管理するため、一企業のみに依存することがありません。このような「分散の思想」によって成り立つのが暗号資産です。

ビットコインはどちらかと言うと金融に特化していて、データを共有するための基盤です。一方で、イーサリアムは単にデータを共有するだけでなく、プログラムを書き込める基盤としての機能を持ちます。

つまり、イーサリアムは「Aという条件がそろえばBという行為が実行される」というプログラムを、あらかじめブロックチェーンの上に記録しておけるのです。これを「スマートコントラクト」と言います。スマートコントラクトはブロックチェーン上の記録ですので、改ざんや不正が難しく、安全な取引が可能です。

このスマートコントラクトの基盤を活用して開発されるアプリケーションをDapps(Decentralized Applications:分散型アプリケーション)と呼びます。ブロックチェーン技術を活用したゲームである「GameFi」や、金融市場である「DeFi(Decentralized Finance:分散型金融)」など、その用途は今まさに増えつつあります。

--今回のバージョンアップでは、イーサリアムの何が変わるのですか

大塚氏:まずは、PoWについて説明しましょう。先ほどお伝えしたように、ブロックチェーンは世界中の何人ものPCをつないで仮想的なサーバを構築しています。

イーサリアムを利用する際の通貨を「ETH(イーサ)」と言いますが、ETHが送金された際には、この送金が正しいことを証明するために、数学の計算のような暗号問題をPCが計算します。この行為を「マイニング」、PCを使ってマイニングを行う人を「マイナー」と呼びます。

マイニングは膨大な計算が必要であり、非常に高性能なPCが必要です。PoWは、世界中のマイナーが一斉に計算をして、最も早く暗号の計算の答えを見つけた人に報酬が支払われる仕組みです。マイナーがこの計算を完了してデータの取引を証明することで、送金がブロックチェーン上に記録されます。

ブロックチェーンにブロックを追加する際は直前のブロックの情報を参照しますが、これが長いチェーンでつながれているようなイメージです。イーサリアムはさまざまなDappsの基盤にもなっていますので、利用者が増えるにつれて、世界中でマイニングを行っても徐々に計算が追い付かなくなりはじめました。それだけ取引量が増えているということですね。

また、PoWはマイニングの際に膨大な計算量が必要ですので、それだけPCの消費電力も莫大です。大きなパワーで計算しますから、PCを冷却するための電力も必要です。これに対して、環境保全の観点からエネルギー消費量を抑えようとする動きが大きくなってきたのです。

そこで、PoWの代わりに採用された仕組みがPoSです。莫大なエネルギーを消費してPCの計算力で一番乗りを争っていたPoWとは異なり、PoSは暗号資産を保有(ステーキング)することでブロックチェーンの生成に参加できる仕組みです。PoSは計算量がPoWよりも少なくなるため、環境負荷を低減できると期待されています。

  • コインチェック 執行役員 大塚雄介氏

--なぜ、今バージョンアップを実施するのですか

大塚氏:実は、2年ほど前からイーサリアムはバージョンアップを試みてきました。しかし、これまでイーサリアムは10年近く使い続けられているので、その分プラットフォーム上のアプリケーションの数も膨大です。合計の時価総額が数兆円規模にも上るといいます。

そのため、突然仕様を変えられるものではなく、さまざまなテストが必要です。もし急務でバージョンアップを実施して、セキュリティ上の弱点が生じてしまったら被害額も甚大になることは想像できるでしょう。

また、先ほど述べた「分散の思想」を思い出してください。イーサリアムの仕様は特定の1社や特定の誰か1人が決めるのではなく、多くの人の合意に基づいて決定されます。今回のバージョンアップに際しても、多くの人がさまざまな立場からより良いアイデアを提案していたため、仕様を決めるためにも時間を要したのです。

開発の方法としては一見非効率なように見えますが、平等性を重視したイーサリアムらしい理由で、時間が必要だったということです。

イーサリアムをバージョンアップする際には、およそ5つのテスト工程が必要だと言われています。過去2年間にもバージョンアップを試みていたのですが、その際は2工程目や3工程目で失敗していました。今回はようやく5工程目まで成功したので、バージョンアップに踏み切るということです。

--PoWからPoSに移行することで、何か影響はありますか

大塚氏:ブロックチェーンの正確性を担保する工程が変わるだけなので、多くのビジネスパーソンや一般の方に大きな影響はないはずです。

しかし、バージョンアップ後のイーサリアムを「正」と認めてこちらをマイニングするマイナーと、バージョンアップに反対してこれまで通りのイーサリアムを追従するマイナーに分かれる可能性は十分に考えられます。これは個人個人の思想の違いに起因しますのである程度は仕方のないことですが、少し混乱を招く要因になりそうです。

バージョンアップ後、当社のような取引所は一時的にイーサリアムの入出金を止めるところが多いはずです。当社もバージョンアップ後の世界的な動きを静観しながら、動きが落ち着いてから取引を再開する予定です。

2017年にビットコインが利便性を高めるためにアップデートを施して、ビットコインとビットコインキャッシュに分かれた例をご存知でしょうか。この時は暗号資産が2つに分かれた世界的に初めての事例だったので、世界中が混乱しました。今回はそのような前例の反省も生かしながら、イーサリアムのバージョンアップが進められています。

そして、今回のバージョンアップの目的でもあるのですが、バージョンアップ後は取引や送金が速くなるはずです。そうすると、今後ブロックチェーン上でサービスを始めたい場合はイーサリアムを基盤として始めやすくなります。

これまではイーサリアムの取引が遅いため、他のブロックチェーンとの比較検討が必要でしたが、今後は「とりあえず利用者が多いイーサリアムでいいじゃん」と選べるようになるのです。

今回はイーサリアムの歴史的にも大きなバージョンアップが行われますが、マイナーなアップデートは日々行われています。エンジニアのようにコードを読み書きできなくても、ビジネスサイドの皆様もこうした情報は常にキャッチアップしてみてください。きっと新しいビジネスのヒントになるはずです。

最後にビジネスサイドの方へのおすすめなのですが、ブロックチェーンを用いたビジネスを考える際には、自分たちで手を動かそうとするのではなく、先端技術に興味を持っている若者をチームに入れてみてください。SNSやイベントなどを通じて、熱意のある学生同士のコミュニティが非常に盛り上がっています。ぜひ臆せず若者の間に入って彼ら彼女らと仲良くなって、活躍の場を作ってほしいですね。

  • コインチェック 執行役員 大塚雄介氏