九州を中心に展開するスーパーマーケットチェーンのトライアルが、スマートショッピングカートを自社開発するなどリテールDXを進めている。トライアルグループの情報システムを担うRetail AIで代表取締役社長を務める永田洋幸氏が、8月18日にオンラインで開催された「流通ニュース×TECH+セミナー リテールDX デジタルシフトで顧客との接点を強化する」に登壇し、自社の取り組みとリテールDXの考えについて語った。

リテールDXにおいて重要なのは?

永田氏は中国・北京でリテール企業向けのコンサル企業、米国・シリコンバレーでビックデータ分析企業を起業した後、2018年にRetail AIを立ち上げた。現在は、同社の代表取締役社長とトライアルホールディングスの役員を兼任し、トライアルグループの技術開発を主導する。

Retail AIのビジョンは、「テクノロジーによって新時代の買い物体験を生み出し、流通の仕組みを革新する」だ。「キャズム理論」の提唱者であるジェフリー・A. ムーア氏からもらった助言”顧客体験を変えない限りイノベーションは生まれない”を紹介した永田氏は、「スマートストアテクノロジーを生み出すことにより、今ある流通の課題を解決して、イノベーションを起こしたい」と語る。

Retail AI の出自は、2015年からトライアルホールディングス内で開始されたスマートショッピングカートの開発にある。その後、2018年に独立、関連会社も増やしていった。リテール向けIoT技術ではスマートショッピングカートに加え、AIカメラ、サイネージにも守備範囲を拡大し、流通事業者向けのデータ分析プラットフォーム技術「MD-Link」なども手掛ける。

「リテールDXではまず、デジタル導入によりムダ・ムラ・ムリをなくすことが大切です。そのためにはテクノロジーだけでなく、現場を踏まえたかたちでPDCAサイクルをいかに早く回すことができるのかが最も重要だと考えています」(永田氏)

合わせて、ローコストで新しいテクノロジーを少しずつ導入し、現場に徐々に利用を促す点も重要だと語る。「現場がデジタルを上手く使える環境にするための組織構造をどうするのか、小売の現場とリテールテックを混ぜ合わせた無限大ループを作ることを大切にしている」と説明した。

  • リテールDXのイメージ図

リテールDXは企業と顧客に何をもたらすか

Retail AIが開発するスマートショッピングカートは、専用端末を設置したカートだ。スーパーの店内で、顧客は自分が手にした商品をスキャンしながらカートに入れることで、決済まで完了できる。永田氏によると、すでに85店舗、合計8200台以上(2022年8月18日時点)が導入されているという。

ハードウエアから自社開発し、スキャン忘れ防止システム、AIレコメンド、自動充電機能などを搭載。2015年より実証実験を開始してバージョンアップを重ね、2021年からは最新のスマートショッピングカートも登場している。またグループ外にも3店舗導入実績がある。導入店舗における顧客の利用は41.2%に達しており、午後に限って見ると6割に上るそうだ。

  • スマートショッピングカートの歩み

永田氏はスマートショッピングカートをETCに例え、「一度、デジタルによる体験をして、その方が買い物をしやすいと感じてもらえると、利用し続けてもらえる」と、胸を張る。利用者の2人に1人が50代以上であり、若年層しか使いこなせないわけではないという。また、スマートショッピングカート導入により、顧客の来店頻度が14%上がり、従来月に4回来店していた顧客が月5回来店するようになったというデータも紹介した。

このようにスマートショッピングカートは顧客と店舗にさまざまなメリットをもたらしているが、永田氏が特に強調するのが、レジの待ち時間が短縮されることだ。セルフレジでは約125秒、有人レジでは約75秒であるのに対し、スマートショッピングカートは約32秒。さらには、カゴからカゴへの移動、袋詰めなどの作業が減ったことも大きなメリットになっている。永田氏によれば、このカート1台で従来型レジの2.6人分の顧客に対応でき、トライアルでは顧客の回転率が最大180%上がっているという。

一方、リテールDXに関しては世界でも多様な取り組みが進んでいる。永田氏はAmazonが米国で展開する無人決済の「Amazon Go」などの取り組みと、賃金が上昇してレジスタッフの確保が難しくなっている米国の事情を説明しながら、レジ待ちなしを実現するソリューションの市場は約40億兆円規模(米国)だと述べる。「同じようなことは、少子高齢化の日本でも起こるだろう」(永田氏)として、リテールDXが社会問題の解決にも通じていると語った。