さらに、二重量子ドット内の電荷のダイナミクスの極低温環境下での観測として、面内磁場が加えられた二重量子ドットに電子が2個捕捉され、右の量子ドットに電子が2個入っている電荷状態(0,2)と、左右の量子ドットに電子が1個ずつ入っている電荷状態(1,1)とがエネルギー的に等しくなる条件で実験を実施。このとき、2つのスピンが互いに反平行であれば、一方のスピンは左右の量子ドットを共鳴的に行き来(トンネル)するため、二重量子ドットの電荷状態は(0,2)と(1,1)の間で頻繁に遷移を繰り返すという。一方、(1,1)状態で2つのスピンが互いに平行な場合には、パウリの排他律によって、左の量子ドットのスピンは右の量子ドットへ移ることができず、量子ドットは電荷の動きがない「閉塞状態」となるという。
このようなスピン閉塞状態における電荷ダイナミクスは、スピンの状態を強く反映するため、電荷とスピンの協奏的なダイナミクスの実時間観測が可能になる。電荷状態が(0,2)と(1,1)との間で繰り返し遷移するか、(1,1)状態に閉塞するかを観測することで、2つのスピンが平行か、反平行か、さらにいつスピン反転が起きたのかを実時間で判別することができるようになるという。
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電荷-スピンダイナミクスの概要説明。(a)2個の電子を捕捉した二重量子ドットの状態遷移図。(b)フォノン源に電圧をかけずに測定した電子の共鳴トンネル現象。(c)フォノン源に直流電圧(VPS)を加えたときの電子の共鳴トンネル現象 (出所:東大生研Webサイト)
実験では、スピン閉塞状態での電子スピンの反転の様子が、フォノン源のVPSに関して測定され、その結果、ある値よりも大きな電圧をフォノン源に加えると、スピン反転を伴う遷移が急激に増大することが確認されたとする。
このスピン反転を伴う遷移確率の増大は、フォノン励起とスピン軌道相互作用が同時に作用することで、スピン反転を伴う電子励起が生じた結果として理解できるという。これは、量子ドット内部のフォノン数の増大により、フォノン励起が増加し、それに伴ってスピン反転の頻度が増したと解釈できると研究チームでは説明している。
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フォノン励起を介したスピン反転過程とフォノン密度勾配。(a)(1)の遷移過程は、2つの量子ドット間のスピン反転を伴わないフォノン励起および緩和過程。一方で、右の量子ドット内で生じる(2)の遷移過程では、角運動量の保存則から、スピン反転を伴うフォノン励起および緩和過程が生じる。(b)(a)の(1)と(2)の遷移過程から求められた格子温度を、フォノン源の直流電圧(VPS)に関してプロットした図。2つの量子ドット間に温度差が形成されていることが示されている (出所:東大生研Webサイト)
加えて研究チームでは、これらのフォノン励起により起きるスピン反転過程の統計を議論することで、左右の量子ドットにおける格子温度の評価を実施。その結果、2つの量子ドット間の距離が数百nm程度しかないにもかかわらず、左右の量子ドットに著しい温度差が現れることが判明したとするほか、(1,1)電荷状態における、平行・反平行スピン状態の占有率が、この格子温度勾配の存在によって、平行スピン状態に大きく偏ることも確かめられたとする。
なお、今回の結果については、スピンがフォノン環境から熱力学的な作用を受けていることを示す重要な結果であり、格子温度によって駆動される量子ドット熱機関を実現するための重要な知見であるとするほか、固体中で起きる熱電効果の微視的なメカニズムの解明や、熱電変換・制御のさらなる高効率化につながる重要な結果となる可能性を秘めているとしている。
また今回の研究成果は、半導体量子ドットを用いることによって、単一スピンレベルで、スピンに対する熱の効果を観測できることから、スピンによる熱制御の物理の解明に貢献することが見込まれるともしており、今後、スピンを熱媒体とする、またはスピンにより制御される、まったく新しい概念の熱制御技術やミクロな熱機関の研究が発展するものと期待されるとしている。