N2がFeMocoに結合する正確な部分は今もって不明だが、FeMocoの中央部で2つのFeを架橋するS原子の1つを取り除き、その結果、Feに生じる反応点がN2を取り込むと考えるのが合理的だとされる。しかし、予想構造の完璧な合成は容易ではないため、今回は大幅に簡略化して予想構造の左半分に着目し、Mo、Fe、Sを含む立方体構造のFeでN2を捕捉することにしたという。
そしてFeMocoの模倣分子として、Feを反応点とする立方体型の「[Mo3S4Fe]クラスター錯体」を設計。その設計においては、N2は対称構造を好むが、末端のN原子の片方が空いたFe-N2構造を作るように考慮されたとする。
また、N2よりもSの方がより強固にFeの反応点に結びつく凝集を防ぐため、3つのMo上にかさ高い「シクロペンタジエニル(CpR)配位子」を組み込むことにしたともするほか、自然界でタンパク質でFeMocoが保護されているのは、同様に凝集を防ぐためであることが推測されたとする。
大気圧のN2で満たされたフラスコ内において、[Mo3S4Fe]クラスター錯体を用いて還元を行ったところ、FeにN2が結合したクラスター錯体が得られたという。さらに、このとき、N2の結合様式はCpR配位子により変化し、Cp*配位子を用いた場合にはFe-N2-Fe構造が、よりかさ高いCpL、CpXL配位子を用いた場合には末端Fe-N2構造が生成することが確認された。
加えて、一連の[Mo3S4Fe]クラスター錯体を触媒として用い、N2の還元反応の検討も実施。NH3の合成反応は効率よく進行しなかったものの、溶液で行うN2還元反応の一種である「トリス(トリメチルシリル)アミン(N(SiMe3)3)」への変換反応は高効率に進行し、Fe原子当たり最大248当量のN(SiMe3)3が生成されることが確かめられたとする。
なお、今回達成された触媒回転数は、Fe錯体を用いた従来の記録を3倍以上に更新したとするほか、遷移金属を持つ錯体全般へと比較対象を広げても、今回の研究の触媒回転数は、Co錯体やMo錯体を用いて報告されている最高値と同程度としている。
研究チームでは、今回の研究によって、人工酵素によるN2還元反応の第一歩が踏み出されたとしているほか、酵素に学びつつ適切な分子設計を施すことで、金属-硫黄化合物が持つ可能性を広げられることを示す好例にもなったとしている。また、今後は予想構造を簡略化せずに合成し、N2に最適な金属元素を探索することで、酵素を超える触媒活性の実現を試みるともしている。