幸福になりたい。

私達はそのような想いを抱き、心臓を絶やすことなく動かしている。幸福の形は千差万別であり一概にまとめることは不可能であるが、満足度、充実度、プラスorマイナス感情などは1つの指標であると筆者は考える。

今回紹介する研究は、その幸福と森林にまつわるものだ。

日本においては、森林が国土の約3分の2を占めるにもかかわらず、長期の林業不振により森林所有者の森林離れが深刻化している。行政がテコ入れしようにも人員不足がたたり、うまく機能していないのが実情で、どうすれば森林所有者の森林に対する関心を向上させられるのかが課題となっている。

その手がかりを得るために、森林所有者の主観的幸福度を測定したのである。つまり、森林所有者の関心を高めるために「幸福」という名の甘い蜜を使って科学的に証明しようとしたのだ。

しかし、先行研究では森林所有者の森林幸福度(森林と関わることで得られる幸福感)は非所有者と比較し低めであると報告されている。だからといって折れるわけにはいかない。SDGsや環境問題の観点からも日本にある豊富な資源に携わる産業をなくしてはならないのだ。

そのような背景から、滋賀県立大学環境科学部、京都大学、早稲田大学人間科学学術院、総合地球環境学研究所、総合地球環境学研究所(地球研)らの研究グループは、森林の多い地域の住民を対象に森林に関する主観的幸福度を測定し、とくに森林所有者の低い森林幸福度をどうすれば高くすることができるのか、そして森林離れを防止できるのか、その糸口を発見することを目指した。

詳細は2022年3月17日発行の「日本森林学会誌」に掲載されている。

研究チームは、2018年3月に琵琶湖の最大流入河川であるの野洲川の上流域(森林地域)の住民を対象として大規模なアンケート調査を実施し、4種類の森林に関する主観的幸福度(以下、森林幸福度)を測定した。森林幸福度の種類とその測定に用いた設問は以下の通りだ。

◆森林満足度:「現在の山や森林とのあなたの関わりについて、どの程度満足しておられますか?」という設問に対し、回答者は、「まったく不満」(0点)から「完全に満足している」(10点)まで11段階のうち1つを選択。

◆森林充実感:「これまでの山や森林とあなたの関わりにどの程度やりがい、充実感、達成感を感じておられますか?」という設問に対し、回答者は、「まったく感じていない」(0点)から「強く感じている」(10点)まで11点制のうち1つを選択。

◆プラス感情およびマイナス感情:過去1年間の森林に関わる経験についてたずねた後、「森林に関わる経験のなかで、以下に挙げる感情をそれぞれについてどの程度経験したかを、以下の尺度を用いて答えてください」と質問。回答者は、「前向き」「後ろ向き」「楽しい」「楽しくない」「幸せだ」「悲しい」「恐れ」「うれしい」「怒っている」「満足している」「誇らしい」「恥ずかしい」「畏怖」「畏敬」の各感情の尺度(頻度に基づく尺度)を、「非常にまれ」「まれに」「ときどき」「よく感じた」「非常に頻繁」のうちから1つ選択。各感情を因子分析の結果にもとづいてプラス感情とマイナス感情に整理するとともに、重要ないくつかの感情を抽出。

これら4種類の森林幸福度と、個人の属性・居住地の森林率・森林関連活動・森林所有の有無との関係を、重回帰分析により解析した。その結果、森林所有者の森林幸福度は4種類すべて、非保有者より低いことが分かった。

さらに今回は、調整効果分析という統計手法を用いて、どの要因が働けば森林所有者の森林幸福度の低さが緩和されるのかを探った。また、とくに森林所有者に関連の深い要因については、森林所有者のみに限定した分析を行い、どのような要因が作用すれば森林幸福度が高まるのかも確認した。

  • 調整効果分析の概略

    調整効果分析の概略(出典:総合地球環境学研究所)

回答結果518~920件の調整効果分析結果より、のんびりするために森林に行ったり、木工活動をしたりすると、森林所有者の森林幸福度が低くなる傾向を緩和することが分かった。

  • 調整効果分析の結果の見方

    調整効果分析の結果の見方(出典:総合地球環境学研究所)

  • 木工活動の調整効果

    木工活動の調整効果(出典:総合地球環境学研究所)

  • のんびりするために森林に行くことの調整効果

    のんびりするために森林に行くことの調整効果(出典:総合地球環境学研究所)

加えて、年齢が上がるほど森林所有者の森林幸福度が低くなる傾向が弱くなることもわかった。

  • 年齢の調整効果

    年齢の調整効果(出典:総合地球環境学研究所)

森林の管理の方法などは、森林所有者のみに関わる要因のため、森林所有者に限定して要因と森林幸福度との関係を検討した。

  • 森林所有者の森林幸福度と関係する要素

    森林所有者の森林幸福度と関係する要素(出典:総合地球環境学研究所)

その結果、財産区(共有林)の役員を務めること、所有林のなかに人工林がたくさんあること、境界をしっかり把握していることが高めの森林幸福度とつながっていた。

過去1年以内(直近)に所有林から収入・収穫があると高めの森林幸福度につながり、成人してから過去1年前までの「過去」の収入・収穫は低めの森林幸福度とつながっていることが示された。

過去の収入・収穫が森林幸福度を低下させる原因として、以前に高い収益を得た経験が現状についての不満を引き起こすからではないかと考えられる。

これらの結果から、森林でのリラックスや木工を森林所有者に勧めたり、境界の把握活動を促進したりすることで森林幸福度を高めることができる可能性が示された。また、直近に収入・収穫を得ることの重要性も明らかとなった。