うだるような暑さの中で氷菓を口にすると、まるで口の中だけが北極点に投げ出されたのではないかと錯覚する。後にやってくる甘美な芳香によってついに異世界への扉が開かれたと思った矢先、喉にある三叉神経の刺激から発症するアイスクリーム頭痛によって現実世界へと引き戻される。

人体構造上、異世界転生アニメのようにそう簡単に扉は開かれないらしい。

さて、今回は氷菓の魅力について筆者の思いの丈を記事にするのではなく、氷の氷点下以下の機械特性について紹介したいと思う。では、なぜ氷菓の話をしたかというと、個人的に氷菓は硬すぎるより、口溶けの方が好みであり、その性質は温度に依存するという話に持って行きたかったからだ。つまり、傲慢で無謀ともいえるただのこじつけである。

しかしながら、皆さんは-10℃と-20℃の氷菓を比較したとき、-20℃の方がよりスプーンが折れやすいというイメージがあるのではないだろうか。今回はそのイメージが事実かどうか、実験によって定量的に示された研究について紹介したい。

紹介する研究は、氷の機械特性についてではあるが、氷菓にもその特性が反映されていると考えられる。氷菓は調合殺菌されたアイスクリームミックスを撹拌し、凍結させた食品であり、主に氷結晶、脂肪、空気から構成されているため、構成成分上、脂肪成分の有無による違いでしかない。

ただ、氷菓にも多くの商品があり、製造方法や成分構成比率などが異なるため、ここでは普遍的な知見という観点から氷に限定して話を進める。

では、氷の機械特性について解説する。機械特性とは、引張、圧縮、せん断など外力に対する耐久性に関する性質であり、工業製品によく使われる用語だ。

既存の研究によると、氷の引張強度は0.7MPa~3.1MPaの範囲でばらつきがあり、-20℃~-10℃における平均引張強度は1.43MPaである。また、この温度範囲での圧縮強度は5MPa~25MPaだ。さらに氷の強度は、温度、ひずみ速度、体積、粒径などに依存するとされている。

  • 引張および圧縮強度の温度との関係

    引張および圧縮強度と温度の関係(出典:JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE 38,2003,1-6)

一般的に、上図に示されるように、氷の引張および圧縮強度は温度低下とともに増加し、さらにその傾向は圧縮強度の方が、引張強度より顕著である。既存研究では、-40~0℃の範囲で圧縮強度は約4倍、引張強度は1.3倍増加したとの報告がある。

氷の圧縮強度による温度依存性は、氷の転位と粒界の滑り運動が、引張強度は引張部分の局所的な応力が関連しているとされている。

  • 引張および圧縮強度とひずみ速度の関係

    引張および圧縮強度とひずみ速度の関係(出典:JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE38,2003,1-6)

上図は氷の引張および圧縮強度とひずみ速度の関係を示している。こちらも温度との関係と同様、引張強度はひずみ速度の影響をほとんど受けないが、圧縮強度は顕著にあらわれている。

  • 概略的な応力-ひずみ曲線

    概略的な応力-ひずみ曲線。I、II、およびIIIは、低ひずみ速度、中ひずみ速度、および高ひずみ速度を示す。矢印は、延性(水平)または脆性(垂直)を表している(出典:Journal of the Minerals, Metals, Materials Society 51,1999,21)

また、概略化した応力-ひずみ線図をみると、引張強度は低ひずみ速度では延性挙動を示すが、中ひずみおよび高ひずみ速度では脆性挙動を示した。一方、圧縮強度では低ひずみおよび中ひずみ速度では延性挙動を示し、高ひずみ速度では脆性挙動がみられた。これらのひずみ速度の影響は、氷のクリープ中に作用する転位および粒界すべり変形メカニズムと合致することが分かっている。

  • 氷の破壊靭性と温度の関係(出典:JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE 38,2003,1-6)

    氷の破壊靭性と温度の関係(出典:JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE 38,2003,1-6)

一般に、氷の破壊靭性は50~150kPam1/2の範囲とされている。ガラスの破壊靭性は通常700kPam1/2~1000kPam1/2とされているため、氷はガラスの約1/10である。また、氷の破壊靭性は温度の影響がほとんどみられず、さらに荷重速度の影響も僅かであることが報告されている。

氷の機械特性は、セラミックと類似しているが、強度、弾性、破壊靭性などはセラミック材料に遥か劣る。これらは、セラミックと氷の化学結合の違いによるものであるが、その線にそった基礎研究は今後より進むのではないかと考えられる。興味深いことに、氷の引張強度は温度とひずみ速度の影響を受けにくく、圧縮強度はこれらの変数に依存することが明らかとなっている。

セラミックにおいては、引張強度および圧縮強度は温度とひずみ速度に依存することから、氷の引張および圧縮破壊メカニズムとの違いが示された。これらのメカニズムは追加の研究により明らかになっていくことだろう。また、土壌などの混合物が混入した氷の機械特性は氷より大きくなることが分かっているため、より複雑化したケースにおいてもミクロな視点から研究が進みそうだ。

今回は氷の機械特性について解説したが、結論から言うと氷菓は-10℃より-20℃の方がスプーンの折れる可能性が高いということだ。これは、氷の圧縮強度に温度依存性の傾向がみられたことから明らかである。

すこし、時期尚早な内容であったが豆知識として、この記事を参考にしていただけると幸いである。