垢抜けたね〜

地方から都市部に移り住み、実家に帰省した際によく聞く言葉だ。

高校を卒業したばかりの大学生や専門学生などが良い例である。しかし、当の本人は「垢抜けるぞ〜」と、鼻息を荒くして都市部で生活しているわけでなく、服装やメイクなどの容姿を周囲に合わせている(適応している)だけである。

これは都市が私達に与える影響の1つであり、そしてそれは、なにも人類に限った話ではない。

最近では都市環境の改変が生物進化に影響を与えることも明らかになりつつあるのだ。

垢抜けることが進化(成長)かどうかはさておき、人類以外の生物にも都市の影響が及ぶのだ。非常に興味深い。

今回紹介する研究は、5大陸・26カ国・160都市で、約11万個体のシロツメクサと都市環境の関係の分析を行ったものだ。

北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの内海准教授、安東学術研究員が参画する国際共同研究チームGLUE(Global Urban Evolution Project)によって、都市化が地球規模で生物進化に影響を与えていることが明らかになった。

詳細は学術雑誌「SCIENCE」にオンライン掲載されている。

「都市が生物の適応進化にどのような影響を及ぼすのか」

この問いを解明することは、病気や害虫に関する対策や、都市計画と人間社会のあり方にも影響を与える。しかし、この壮大な問いに関する先行研究はまだ少なく、また、研究対象として1つまたはごく少数の都市に焦点を当てており、都市における生物進化について一般的な理解に至っていない。

そこで、研究チームは1つの予測をした。人口が集中し、便利で快適に過ごす目的として作られてきた都市は地球上のあらゆる場所で類似した環境を生み出している可能性がある。

もし、人が作り出した都市部の環境条件が世界的に類似しているならば、その自然選択によって、平行的に類似した進化が繰り返し引き起こされているという仮説が考えられる。

この仮説を地球規模で検証するために、世界中に分布するシロツメクサ(Trifolium repens L. マメ科)に注目した。シロツメクサは、シアン化水素(HCN)を生成する性質があり、またシロツメクサの集団は、この性質の有無において遺伝的変異を持っている。

HCN生成の有無は、2つの遺伝子によって強力に制御されており、それぞれの遺伝子の顕性型がそろうことによって初めてHCNが生成できる。HCNは植食者に対する防衛に貢献する性質であるとともに、生合成に関わる構成要素は、乾燥ストレス耐性を向上させるという性質も持っている。

  • 同研究の概要図

    同研究の概要図(出典:北海道大学)

したがって、都市部と郊外の間で植食圧や乾燥という環境条件に違いがある場合、HCN生成という性質の進化が都市化によって引き起こされていると予測される。

そして、都市と郊外での環境条件の違いが地球上のさまざまな都市で共通してみられる場合、HCN生成における進化が平行的に生じていると予測される。

そこで研究チームは、シロツメクサの自生地であるヨーロッパと西アジアから、移入地である南北アメリカ・アフリカ・東アジアまでを広くカバーする26か国、札幌を含む160都市での分析を行った。

チームメンバーはそれぞれ都市中心部から郊外にかけてトランセクト(調査ライン)を設定し、トランセクトに沿って等間隔に約 40 個のサンプリング地点を設け、各地点で20個体のシロツメクサを採取し、HCN生成型・非生成型の遺伝子型判別分析も行った。

解析の結果、都市環境は一貫して不浸透面(アスファルトや建物などの人工被覆率)が多く、郊外よりも植生が少なく、夏季の気温が高いことが分かった。

さらに、都市間で比較した場合、環境条件の違いは、郊外間の違いよりも遥かに小さいものであった。

一方、積雪や地表面温度、乾燥など必ずしも共通しない要素もあり、このことが平行進化とそのばらつきに影響を及ぼすものと考えられた。

160都市を平均すると、都市から郊外へ行くほどHCN生成型の頻度が増加していく傾向であった。これは緑地に生息する植食者による被食圧が自然選択として働くからだと考えられた。

さらにゲノム分析の結果、都市部と郊外部での遺伝的分化は生じておらず、遺伝的多様性も都市と郊外で違いはみられなかった。

したがって、HCN 型頻度における都市と郊外間での顕著な違いは、都市部での遺伝的な断絶や遺伝的多様性の劣化などによってもたらされたり、偶然によってもたらされたりしたものではなく、都市環境による自然選択によって促進されていることが確認された。

  • シアン化水素(HCN)生成型のシロツメクサの割合

    シアン化水素(HCN)生成型のシロツメクサの割合。都市から郊外に行くほど平均して増加(左)遺伝的多様性は都市部と郊外部で違いはみられない(右)(出典:北海道大学)

研究チームは、同研究結果を通じて、地球全体にあまねく存在する都市の形成を通して確かに人間が進化を決定づけるということがわかったといい、この知見は、これからの都市設計において、さまざまな生物のより良い保全戦略を組み立てたり、感染症に対する防疫戦略を組み立てたりするための重要なスタート地点になるとした。