物質中のスピン軌道相互作用はさまざまな起源により生じるが、今回の研究では系の空間反転対称性の破れに起因するものが対象とされた。これは例えば、結晶構造が反転対称中心を持たない物質や、磁性/非磁性薄膜ヘテロ構造界面において生じるという。後者であれば、磁性材料については鉄やコバルトといった、ありふれた材料が利用可能となる。

こうしたスピン軌道相互作用があれば、磁気モーメントの向きが一様であっても、スピン軌道トルク・スピン軌道起電力として知られる量子相対論的効果によって、磁気モーメントのダイナミクスおよびそれに起因する起電力が生成される。これが、スピン軌道創発インダクタの背景にある物理過程だと研究チームでは説明する。

今回の研究からは、強磁性共鳴周波数(典型的に1~10GHz)より低い周波数帯では、安定したインダクタンスを得ることが期待できることが示されたとするほか、電流に対して縦方向だけでなく、横方向にもインダクタンスが生じることが示されたと研究チームでは説明しており、これはコイルやらせん磁性金属を用いた創発インダクタとは一線を画す性質であるとする。

スピン軌道創発インダクタは、2つの量子相対論的効果を要素技術としており、その1つであるスピン軌道トルクの研究は、MRAM応用の観点から、この10年ほどで急速に発展してきたが、もう1つのスピン軌道起電力については、理論研究が先行しており、その応用研究はまだほとんど議論されていないほか、これら2つを結びつける研究についてもこれまでほぼ皆無であったという。そうした状況における今回の研究成果は、インダクタという新たな視点のもとで、その2つの量子相対論的効果を結びつけ、その基礎理論を確立するものだと研究チームでは説明しており、今後の従来技術では実現できない、新規インダクタ素子機能の探索と実現に向けて、その指針を与える重要な役割を果たすことが期待されるとしている。