広島大学と久留米工業大学(久留米工大)は3月3日、高輝度シンクロトロン放射光を利用した角度分解光電子分光(ARPES)法を用いて、超伝導体「ZrP2-xSex」のバンド構造の観測に成功し、「線ノード型ディラック電子」が同物質中のリン原子の正方格子によって形作られることを実証したこと、ならびに今回発見された線ノード型ディラック電子が、これまでに発見されたディラック電子の中で、物質中の移動速度が秒速約1200kmに達することを明らかにしたを発表した。
同成果は、広島大大学院 理学研究科の石坂仁志大学院生、同・大学院 先進理工系科学研究科の木村昭夫教授、久留米工大の井野明洋教授、産業技術総合研究所の鬼頭聖主任研究員、イムラ・ジャパンの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する物性物理と物質物理の関連分野全般を扱う学術誌「Physical Review B」に掲載された。
見かけ上の質量がゼロになるディラック電子は、不純物があってもぶつかることなく進み続けるという特徴を有しており、炭素原子1個分の厚さのシート状物質であるグラフェンで発見されて以降、デバイス応用に向けたの研究が進められている。
ディラック電子は、ノードと呼ばれるエネルギーの原点が「点状」のものと「線状」のものの2種類に分けられるが、グラフェンを含め、これまで発見された物質中のディラック電子は、ほとんどが点ノード型で、線ノード型は希少とされている。
ただし、線ノード型は、ディラック電子のエネルギー分散関係が運動量空間で連続的につながっているため、電子が散乱されにくいという性質が強調される点が期待され、次世代デバイス開発のために、「線状」でかつ「高速」なディラック電子を持ち、さらに「超伝導」を示すことが求められるようになっているものの、これらの3点を満たす物質は未だ発見されていないほか、これまで発見された線ノード型ディラック電子も、いずれも速度に課題があったという。
そうした中、2014年に産業技術総合研究所(産総研)の鬼頭主任研究員らにより発見された超伝導体ZrP2-xSexは、線ノード半金属ZrSiSを形作るシリコンの単原子層を、リンの単原子層に置き換えたもので、線ノードが現れることが第一原理計算より予測されていた。
そこで研究チームは今回、超伝導体ZrP2-xSexの電子構造を直接観測し、線ノード型ディラック電子の有無とその形成起源を調べるために、放射光を用いた角度分解光電子分光を行うことにしたという。
その結果、超伝導体ZrP2-xSexにはダイヤモンド型をした環状の線ノードが存在することが判明したほか、観測されたディラック分散関係の傾きから、線ノード型ディラック電子の速度が秒速1200kmに達することが確認されたという。
この速度は、グラフェン中の点ノード型ディラック電子の速度に匹敵し、これまでに知られている線ノード型ディラック電子の速度を上回るものだという。また、リン原子の正方格子でできた単原子層を仮定して行われたモデル計算からも実験結果を再現する結果が得られたとのことで、超伝導体中に観測された特徴的な環状の線ノードと最速のディラック電子が、リン原子の正方格子によって実現することが判明したという。
今回の発見は、「超伝導」物質中に「線ノード型」でかつ「最速」のディラック電子が見出されたものであり、これにより、次世代の高速デバイス開発への明確な指針が見出されたと研究チームでは説明しているほか、近年の研究から線ノードを有する物質もトポロジーで分類できることがわかってきたことから、今回の成果は新しいトポロジカル超伝導体の発見にもつながり、エラー耐性に優れた量子コンピュータの開発のために必要と考えられている、「マヨラナ粒子」の発見にもつながることが期待されるともしている。