東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は1月12日、宇宙最初期においてインフレーションを発生させる場における「量子ゆらぎ」から発生する「原始重力波」に加え、インフレーションの最中にさらに追加的な場の量子ゆらぎが生じることで、大きな原始重力波が発生する可能性があることを指摘したと発表した。

また、これによりたとえ低いエネルギーでインフレーションが発生したのだとしても、Kavli IPMUも参加する次世代衛星計画の「LiteBIRD」(ライトバード)による「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)に刻まれた原始重力波の痕跡を検出することが期待できることも併せて発表された。

同成果は、Kavli IPMUのヴァレリ・ヴァルダニヤン特任研究員、同・佐々木節特任教授兼Kavli IPMU副機構長らが参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する主力学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

今から40年以上前、佐藤勝彦博士や米アラン・グース博士らによって独立して提唱された「インフレーション理論」は、現在ではそのバリエーションがいくつも提唱され、もっとも単純なモデルであったとしても、現在の宇宙における不均衡な物質の分布を正確に予測することが可能だとされている。具体的には、インフレーションを引き起こす場に生じた量子ゆらぎが、インフレーションによって天文学的なスケールまで引き伸ばされ、CMBの温度のゆらぎ、宇宙における暗黒物質や銀河の非均一な分布など、現在の宇宙のあらゆる構造の源となったとされている。

また、インフレーションが生じるのと同様のメカニズムにより、原始重力波が発生したと予言されている。原始重力波は、インフレーション期の物理を理解する上で重要であり、それを検出することができれば、インフレーションが起きた時のエネルギーを決定できるとされるほか、インフレーションのエネルギー源となった「インフラトン場」が、インフレーションの最中にどれだけ変化したか(「Lyth Bound」と呼ばれる関係)という点と、原始重力波は関係していると考えられている。

CMBは宇宙最古の光であり、宇宙誕生後約38万年後に起きた“宇宙の晴れ上がり”イベントが発生した際の残光とされている。光学観測ではそれより前の時代は遡れないため、原始重力波はさまざまな点からその検出が期待されているが、ブラックホールや中性子星の合体などによる一般的な重力波以上に微弱であるため、従来の観測装置での検出は困難だとされている。ただし、次世代衛星のLiteBIRDによるCMB偏光観測では、原始重力波がCMBに刻んだ特殊な偏光パターンの痕跡を検出できる可能性があるとされているため、原始重力波を理論的に理解することに注目が集まっているとする。

もしインフレーションが十分に高いエネルギーで起きた場合には、LiteBIRDで原始重力波が検出できると期待されている一方で、量子重力の枠組みで構築されているインフレーションモデルの多くでは、インフレーションの起きたエネルギーの値が小さいと予測されており、その場合にはLiteBIRDでも原始重力波の検出は難しく、理論の実証はできないと考えられていた。

しかし、国際共同研究チームは今回、従来の研究とはまったく異なる可能性を理論的に示すことに成功。インフレーションが起きる前の量子ゆらぎから発生する原始重力波に加えて、インフレーションの最中に追加的な場の量子ゆらぎが生じることで、大きな原始重力波が発生する可能性が指摘された。

インフレーション中の場の量子ゆらぎは通常は非常に小さく、ここから発生する原始重力波は無視できる大きさだという。しかし、量子ゆらぎが増強されるような場があれば、かなりの量の重力波を発生させることができるとする。つまり、たとえ低いエネルギーでインフレーションが起こったとしても、LiteBIRDで観測可能なレベルの原始重力波が生まれた可能性があるとする。

  • 原始重力波

    縦軸はBモード偏光の信号の強さ、横軸は視野角の逆数が示されている。横軸lは視野角の逆数で、右に行くほど視野角は小さく(lの値は大きく)、左に行くほど視野角は大きくなる(lの値は小さくなる)。緑の線はLiteBIRD衛星で観測できる信号の下限値で、従来の予測値であるグレーの破線だと検出が不可能となる。赤と黒の線は今回の新しいメカニズムにおいて、2つの異なるパラメーターをそれぞれ指定した場合の予測値。視野角が大きい領域では、LiteBIRDで検出可能であることが示されている (C)Cai et al.(出所:Kavli IPMU Webサイト)

ヴァルダニヤン特任研究員は今回の研究成果に対し、「ほかの研究者たちも私たちのアイディアと関連した研究に取り組んでいますが、これまでのところ私たちのようなインフレーションを起こす場のみに基づく大きな原始重力波発生のメカニズムの提唱に成功したグループはありません。こうした理論において主に問題になる点は、場の量子ゆらぎを増強して原始重力波を発生させると、同時に余分な曲率ゆらぎも発生してしまい、宇宙が実際よりも“でこぼこ”になってしまうことです。私たちは、場の量子ゆらぎと曲率ゆらぎをうまく分離することで、理論的な問題を解決できました」とコメントしている。

  • 原始重力波

    原始重力波が宇宙の時空構造をどのように歪ませるのかが示されたイメージ (C)Kavli IPMU( 出所:Kavli IPMU Webサイト)

なお、研究チームは、原始重力波発生においてこのメカニズムが機能することを定量的に証明し、原始重力波がCMBに刻んだ特殊な偏光パターンが、このモデルにおいてどのくらいの予測値として現れるかを示すことにも成功しており、今後、LiteBIRDによる原始重力波の痕跡を検出することにより、インフレーション理論の実証と詳細なメカニズムの特定につながることが期待されるとしている。

2022年1月17日訂正:記事初出時、タイトルを「インフレーション時の原資重力波発生の新たなメカニズムをKavli IPMUが提唱」と誤って記載しておりましたが、正しくは「インフレーション時の原始重力波発生の新たなメカニズムをKavli IPMUが提唱」日本医療研究開発機構となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。