今回のミッションの歴史的位置づけ

前澤氏らの宇宙旅行を手配したスペース・アドヴェンチャーズは、1998年の設立以来、民間人の宇宙旅行事業を手掛けている。2001年には世界初の宇宙旅行者として米国の実業家デニス・チトー氏がソユーズで飛行し、ISSに滞在。これまでに7人が計8回の宇宙旅行を行っている(人数と回数が合わないのは、チャールズ・シモニー氏が2007年と2009年に2回飛行しているため)。

前澤氏と平野氏は、スペース・アドヴェンチャーズのプログラムによる8、9人目の宇宙旅行者で、同社にとって2人同時に打ち上げるのは初となる。

また、日本の民間人が宇宙へ行くのは、1990年にTBSの社員として宇宙へ行った秋山豊寛氏以来、31年ぶりとなる。

ただし、秋山氏はソ連(当時)の宇宙飛行士の資格のひとつ「宇宙飛行士研究者(Kosmonavt-issledovatel)」の資格を得たうえで飛行したが、前澤氏と平野氏は、Uchastnik Kosmicheskogo Polota(宇宙旅行者)、英語では「Spaceflight participant」という肩書きでの飛行となり、いわゆる「宇宙飛行士」ではない。宇宙飛行参加者としての飛行は、前澤氏と平野氏が日本初となる。

また、秋山氏はソ連・ロシアの宇宙ステーション「ミール」に滞在したため、日本の民間人としてISSに滞在するのも前澤氏らが初となる。

くわえて、ソユーズ宇宙船をまるごと1機使った宇宙旅行ミッションとしても今回が初となる。従来、スペース・アドヴェンチャーズの宇宙旅行は、長期滞在する宇宙飛行士が交代するタイミングを利用し、宇宙旅行者を1週間ほど滞在させるという形で行われており、そのため宇宙旅行者は、往路と復路で異なるソユーズに乗っていた。しかし、今回のソユーズMS-20は前澤氏らの宇宙旅行のためだけに運用されるため、彼らは打ち上げも帰還も同じソユーズMS-20に乗り込むことになる。

  • 前澤友作

    宇宙を飛ぶソユーズMS-20 (C) Roskosmos

日本の民間人による宇宙体験は世間にどう響くか

今年2021年は、本格的な宇宙旅行時代の幕開けとも呼ばれるように、宇宙旅行をめぐる大きな動きがいくつもあった。

今年9月には、米国スペースXの「クルー・ドラゴン」宇宙船により、史上初の民間人だけによる宇宙飛行ミッション「インスピレーション4」が実施。また、軌道には乗らないサブオービタル飛行による宇宙旅行の分野でも、米国のヴァージン・ギャラクティックとブルー・オリジンの2社が有人飛行に成功し、来年にも商業運航が始まる予定となっている。

さらに、米国の宇宙企業アクシオム・スペースは、クルー・ドラゴンを使ったISSへの宇宙旅行ミッションを発表。早ければ来年2月にも実施される予定となっている。

こうしたタイミングで、前澤氏らが宇宙に行ったことは大きな意義がある。「金持ちの道楽」と見る向きもあるが、むしろこれまで選ばれた一握りのプロの宇宙飛行士しか行けなかった宇宙に、お金さえ出せれば一般人でも行ける時代が訪れたということ、そして前澤氏らがその一人になったことは、宇宙開発、宇宙ビジネスにおいて大きな一歩であろう。

また、前述のように前澤氏らは、ただお金を出しただけでなく、プロの宇宙飛行士ほどではないにせよ、数か月にわたる訓練を受け、ロスコスモス、NASA、ESAによるお墨付きももらっている。決して道楽ではなく、肩書きこそ宇宙飛行士ではないが、それに準ずる“ライト・スタッフ”を持ったうえでの宇宙飛行なのである。

なにより、日本人として初の宇宙旅行者、宇宙飛行参加者としての宇宙体験が、SNSやYouTubeを通じて世間に響いていくことで、日本の有人宇宙飛行への意識が変わることも期待できよう。

米国で宇宙旅行が幕を開けた一方、日本での反応は薄い。宇宙旅行どころか、宇宙ビジネスすらもまだ物珍しさが先行しており、その実情や機運が十分に伝わっていないのが現状である。

そんな中で、JAXAはNASAとともに「アルテミス」計画に参加し、2020年代中には有人月着陸が実現する可能性もあり、新しい宇宙飛行士の募集もまもなく始まろうとしている。前澤氏らの活躍によって、その認知度や期待度、そして宇宙飛行士への応募者数は大きく高まるかもしれない。日本独自の有人宇宙船の開発に向けた機運も高まる可能性もあろう。

これまではJAXA宇宙飛行士による、どちらかというと優等生的なコメントばかりが世に流れてきた。しかし、しがらみのない一般人による気取らない、飾り気のない感想が日本語で流れることは、日本の有人宇宙開発をとりまく環境にとって新しい息吹に――まさに試合が膠着し、沈鬱としたサッカー場を切り裂く、豪快なシュートのようなものになるかもしれない。

  • 前澤友作

    ソユーズに乗り込む前澤氏ら (C) Roskosmos

参考文献

Space Adventures’ Clients, Yusaku Maezawa and Yozo Hirano, Launch to ISS - Space Adventures
https://www.roscosmos.ru/33559/
Space Station - Off The Earth, For The Earth
MZ Mission Overview - Space Adventures
MZ Mission Preparation for Launch - Space Adventures