それは、試合が膠着し、沈鬱としたサッカー場を切り裂く、豪快なシュートのような言葉だった――。

2021年12月8日、実業家の前澤友作氏、平野陽三氏らを乗せた「ソユーズMS-20」宇宙船が宇宙へ飛び立った。宇宙船は同日中に国際宇宙ステーション(ISS)に到着。前澤氏は「でかい!」、「本当にあったよ宇宙が!  ステーションも!」と、飾り気のない感想を声にした。

ISSへの宇宙旅行者の滞在は約10年ぶり。日本人では初となる。本格的な宇宙旅行時代の夜明けが近づくこの時期に、宇宙へ旅立った前澤氏。このミッションの意義はどこにあるのだろうか。

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    前澤氏らを乗せた、ソユーズ2.1aロケットの打ち上げ (C) Roskosmos

前澤氏ら、宇宙への道

前澤氏らが宇宙旅行へ飛び立つことが明らかになったのは、今年5月13日のことだった。この日、米国の宇宙旅行会社スペース・アドヴェンチャーズ(Space Adventures)が、前澤氏と、同氏の関連会社の役員を務める平野陽三氏の2人が、ソユーズ宇宙船で宇宙へ行き、ISSに12日間滞在すると発表したのである。

前澤氏は、言わずとしれたファッション通販サイト「ZOZOTOWN」の創業者である。1975年に千葉県で生まれ、現在46歳。1998年にスタートトゥデイ(現在ZOZO)を設立し、2004年にZOZOTOWNを立ち上げた。2019年9月に同社を退任し、直後に新たに「スタートトゥデイ」を立ち上げ、13の事業を営んでいる。また、篤志家、美術品のコレクターといった顔も持つ。

前澤氏とともに宇宙へ赴く平野陽三氏は、1985年愛媛県生まれの現在36歳。2007年、ZOZOに入社し、退職後は映像制作会社に従事したのち、現在は前澤氏の関連会社の役員として勤務。前澤氏のプライベート企画のプロデューサー兼マネージャーとして現在に至っている。

平野氏はミッション中、宇宙で活動する前澤氏を撮影。YouTubeなどで公開する予定だという。

彼らが搭乗するソユーズMS-20宇宙船のコマンダー(船長)を務めるのは、ロシアのアレクサーンドル・ミシュールキン宇宙飛行士。1977年生まれの44歳で、2009年にロシアの宇宙飛行士(コスモノート)に認定。2013年と2017年に、2回の宇宙飛行とISS長期滞在をこなしている。今回のミッションでは、タス通信の「宇宙特派員」も務める。

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    ソユーズMS-20のクルー。左から、平野氏、ミシュールキン宇宙飛行士、前澤氏 (C) Roskosmos

また、平野氏が病気などで急遽宇宙へ行けなくなった場合のバックアップ・クルーとして、前澤氏の事業を手掛ける小木曽詢氏と、ロシアのアレクサーンドル・スクヴォルツォーフ宇宙飛行士も同じ訓練を受けることとなった。なお、前澤氏が行けなくなった場合には企画そのものが意味をなさなくなるため、前澤氏のバックアップは設定していなかったという。

前澤氏と平野氏、小木曽氏らは、この5月に宇宙飛行に必要な健康診断に合格。ISSへのミッションに向けた準備を開始した。まず6月から、ロシアの「星の街」にあるユーリィ・ガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を行ったのち、米国航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)での訓練も行った。

この間、3人はフィジカル・トレーニングにはじまり、バイク、ストレッチ、ウェイト、プールでのトレーニング、ソユーズ宇宙船やISSに関する座学、緊急事態に備えた訓練、さらにサバイバルなど、数多くの訓練をこなした。とくに、ソユーズは3人乗りであるため、前澤氏と平野氏が搭乗すると、プロの宇宙飛行士は1人しか乗り込めない。基本的に1人でも操縦はできるものの、緊急事態が起きた際には前澤氏と平野氏も重要な役割を担うことになる。

そして11月16日、最終試験を満点に近い99点で合格。前澤氏と平野氏は、正式に「Uchastnik Kosmicheskogo Polota(宇宙飛行参加者)」という肩書きを得て、宇宙へ飛び立てることとなった。

前澤氏は出発前、「『宇宙での生活ってどんなものなんだろう』と、ずっと興味津々でした。そこで、自分で実際に体験し、それをYouTubeを通じて世界に発信しようと思います」とコメントしている。

「宇宙飛行に向けた訓練中、宇宙での生活について、皆さんからの質問に答えることを楽しみにしていました。この旅のあらゆる事柄を、地球上の皆さんと共有できることを心待ちにしています」。

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    訓練中の前澤氏ら (C) Space Adventures

ソユーズMS-20の打ち上げ

前澤氏と平野氏らを乗せた「ソユーズMS-20」宇宙船は、ソユーズ2.1ロケットに搭載され、日本時間12月8日16時38分、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地から離昇した。

ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約9分後に軌道に乗り、ソユーズMS-20を分離した。

宇宙船はその後、地球のまわりを約4周しつつ、軌道変更を重ねてISSに接近。そして前澤氏の「(ISSが)でかい!」といった声を背景に、打ち上げから約6時間後の22時40分、正常にドッキングした。

日付が変わって9日1時10分ごろには、ソユーズのハッチが開き、クルーはISSに入船。先に滞在している7人の第66次長期滞在クルーと合流した。

その後、歓迎セレモニーが開かれ、前澤氏は「宇宙だよ、着いちゃったよ! 本当にあったよ、宇宙が! ステーションも!」と声を上げた。

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    ISSに接近するソユーズMS-20 (C) NASA

前澤氏ら3人は、ISSに約12日間滞在する予定。滞在中、前澤氏は事前にWebサイトを通じて募集した「宇宙でやってほしい100のこと」を実施。ISS内での紙飛行機の飛行や宇宙飛行士とのバドミントンなど、寄せられたアイディアにチャレンジする。

そして12月20日に、ふたたびソユーズMS-20に乗り込んでISSから離脱。カザフスタンの草原地帯へ帰還する予定となっている。

前澤氏らの飛行にかかった費用は、公式には明らかにされていない。今年9月にスペース・アドヴェンチャーズのロシア駐在員事務所のセルゲイ・コステンコ所長が明らかにしたところによると、今回のようなソユーズによる飛行の1人あたりの運賃は「5000万ドル」としている。実際にはオプションの有無や為替の変動などで増減するだろうが、前澤氏と平野氏あわせて1億ドル前後かかっているものとみられる。

前澤氏はまた、2023年にはスペースXが開発中の巨大宇宙船「スターシップ」に搭乗して月へ行く「dearMoon」ミッションも予定している。「今回のISSへの宇宙旅行は、2023年に世界中から集まった8人の優秀なクルーとともに、民間初の月飛行へ飛び立つ際に、最高のホストを務めるための準備をする機会でもあります」と述べている。

スペース・アドヴェンチャーズ社の会長兼CEOであるエリック・アンダーソン(Eric Anderson)氏は「今年は商業宇宙飛行の分野において、驚くべき進歩があった一年でした。今年だけでも、数分、数日、そして前澤氏の場合は約2週間の宇宙旅行が数多く行われました。人類にとって宇宙は開かれた場所であり、民間宇宙飛行がその重要な役割を担っていることは明白です。私たちは、この旅に参加できること、そして宇宙飛行の未来を広げていくことを光栄に思います」とコメントしている。

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    ISSの中に入った前澤氏ら (C) Roskosmos