東北大学と科学技術振興機構は11月25日、スピントロニクス技術に基づくニューロンとシナプスが統合された人工構造を作製し、脳における「同期の制御」の機能を実現したと発表した。

同成果は、東北大 東北大学電気通信研究所の深見俊輔教授、金井駿助教、大野英男教授(現・東北大学総長)、スウェーデン・ヨーテボリ大学のヨハン・アッカーマン教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学と工学を題材とした学際的な学術誌「Nature Materials」に掲載された。

ヒトの脳は20W程度という省電力で、曖昧さを許容しながら複雑な情報を柔軟かつ効率的に処理している。そのことから、コンピュータのさらなる性能向上を実現するための理想的なモデルの1つと考えられている。すでにソフトウェア的には脳の情報処理を単純化した深層学習などの手法が開発され、AIとして社会での活用が進められている。

近年は、さらにハードウェアレベルで脳の構造や動作様式を積極的に取り入れ、古典的なコンピュータが苦手とする処理を補完する「脳型コンピュータ」を実現しようとする研究も進められるようになってきた。

ヒトの脳のニューロン(神経細胞)は、大脳と小脳を合わせて約860億個といわれ、シナプスによってニューロン同士が接続しており、複雑なネットワークを構成している。もし、脳神経回路を忠実に模倣した脳型コンピュータを実現しようとする場合、人工的に形成された多数のニューロン間の接続を、同じく人工的に形成されたシナプスで自在に制御できる必要があるという。

そこで研究チームは今回、人工ニューロンの有力候補であるスピントロニクス振動子(オッシレータ)と人工シナプスの有力候補であるメモリスタからなる小規模なネットワーク構造を作製した。

  • スピントロニクス

    (a)今回の研究で開発されたニューロンとシナプスの一体化構造の模式図。(b)その走査電子顕微鏡像 (出所:プレスリリースPDF)

スピントロニクス振動子を連結した構造では、個々の振動子の磁化が位相を揃えて振動する「同期発振」と呼ばれる現象が起こることが知られており、この現象を脳型コンピュータの動作原理として利用することが期待されており、今回の研究では、連結部分に形成されたメモリスタに電圧を印加することで、スピントロニクス振動子の同期発振の起こりやすさ(振動子間の結合)を自在に変えることができること、およびその結合状態を規定するメモリスタの状態が不揮発に保持されることを確認したという。

この成果は、脳神経回路の機能を比較的忠実に再現するものであると研究チームでは説明しており、その仕組みとして、メモリスタが高抵抗状態と低抵抗状態のいずれの場合でも、振動子(人工ニューロン)の発振特性や振動子を連結した際の同期のしやすさ(結合状態)を変調することが可能であること、ならびにその変調の程度は、メモリスタ(人工シナプス)の状態に依存することが確認されたとする。

  • スピントロニクス

    実験で明らかになった動作原理の説明図。(a)メモリスタが高抵抗状態の場合。(b)メモリスタが低抵抗状態の場合 (出所:プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは今後、今回開発された技術の動作電力の低減や大規模化に向けた技術開発が進展することで、脳の柔軟性、効率性に迫る脳型コンピュータの実現へとつながっていくものと期待されるとしている。