東京大学、理化学研究所(理研)、中性子科学センター(CROSS)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンター、東北大学、科学技術振興機構の8者は11月18日、鉄シリコン化合物「FeSi」における新しいトポロジカル表面状態を発見し、強いスピン軌道相互作用に由来したスピントロニクス機能を実現したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の大塚悠介大学院生(研究当時)、同・金澤直也講師、同・平山元昭特任准教授(理研 創発物性科学研究センター(CEMS) トポロジカル材料設計研究ユニット ユニットリーダー兼任)、同・松井彬大学院生、同・野本拓也助教、同・有田亮太郎教授(理研 CEMS 計算物質科学研究チーム チームリーダー兼任)、東大 物性研究所の中島多朗准教授、CROSSの花島隆泰研究員、Paul Scherrer InstituteのVictor Ukleev博士研究員、JAEA J-PARCセンターの青木裕之研究主幹(KEK 構物質構造科学研究所 特別教授兼任)、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の茂木将孝大学院生(現・米・マサチューセッツ工科大学 博士研究員)、東北大 金属材料研究所の藤原宏平准教授、同・塚﨑敦教授、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の市川昌和名誉教授、同・川﨑雅司教授(理研 CEMS 副センター長兼任)、理研 CEMSの十倉好紀センター長(東大 国際高等研究所 東京カレッジ 卓越教授兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学振興協会が刊行する学際的なオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

次世代の半導体技術としてスピントロニクスが期待されている。その中でも、トポロジカル絶縁体は高効率・省電力なスピン操作を可能にするため、スピントロニクス技術を前進させる要素として注目を集めるようになっている。しかし、既存のトポロジカル絶縁体などは、重元素の持つ強いスピン軌道相互作用によって特徴的なスピン状態が担保されているものの、それらの重元素には希少性や毒性などがあることが課題となっていた。

そこで研究チームが今回、地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)からなる化合物FeSiに着目。さまざまな測定の結果、FeSi薄膜試料において薄膜の厚さに対して変化しない表面強磁性金属層からの寄与が観測されたとするほか、強磁性状態が表面の数原子層分、長さにして約0.3nmにのみ存在していることが実証されたという。

  • スピントロニクス

    (a)FeSi薄膜における単位面積あたりの伝導度。(b)同・ホール伝導度の膜厚依存性 (出所:共同プレスリリースPDF)

また、FeSiの表面はトポロジカル絶縁体とは異なるトポロジーの性質を持ち、それによって特徴的な表面電子分布と強いスピン軌道相互作用が発現していることも判明。さらに、表面電子の波動関数とスピン状態の計算から、原子核の位置から少し浮き上がるように電子が分布しており、表面に電気的な偏り(分極)が形成されていることが確認された。この表面分極に由来して強いスピン軌道相互作用が引き起こされ、スピンの向きと電子の運動方向が互いに相関した状態が安定していることがわかったという。

  • スピントロニクス

    偏極中性子反射実験の模式図 (出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームによると、これらの表面状態の特徴は、結晶内部の電子状態のトポロジーに由来しており、Zak位相という現代の電気分極理論で用いられる幾何学的位相の概念によって記述されることが明らかになったとするほか、この強いスピン軌道相互作用を利用すれば、電流によって磁化の向きを制御できることなども確かめられており、不揮発性メモリの高速制御などに応用できることが期待されるとしている。

  • スピントロニクス

    (a)計算された表面電子の波動関数の分布。(b)運動量空間における表面バンド構造の等エネルギー線とスピン状態 (出所:共同プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは、今回の成果を踏まえ、環境負荷の小さく資源として豊富に存在する元素の化合物に潜むトポロジカル物性・機能の開拓が促進され、電子デバイスの省電力化や高機能化につながることが期待されるとしており、今後も、FeSiで発見されたトポロジカル表面状態への多角的な実験やデバイス応用に向けたスピントロニクス機能の向上が望まれるとしている。

  • スピントロニクス

    (a)FeSi薄膜における電流誘起磁化反転の模式図。(b)その実験結果 (出所:共同プレスリリースPDF)