大阪大学(阪大)は11月12日、イソギンチャク由来の光増感蛍光タンパク質を用いて、光照射することでシナプス周囲のタンパク質を不活化させて記憶を起こしたシナプスのみを消す技術を開発し、マウスを用いてこのタンパク質を脳のさまざまな部位に導入することで、光を使って記憶を消すことができるようになったことを発表した。
同成果は、京都大学 大学院医学研究科の後藤明弘助教、同・林康紀教授、理化学研究所 脳神経科学研究センターの村山正宜チームリーダー、同・Thomas McHughチームリーダー、阪大 産業科学研究所の永井健治栄誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」に掲載された。
記憶は海馬で短期的に保存された後、皮質で長期的に保存される「記憶の固定化」と呼ばれる仕組みが知られているが、そのメカニズムはまだよくわかっていないという。記憶の細胞単位の現象として現在わかっているのが、細胞間の神経活動の伝達効率が上昇するシナプス長期増強(LTP)で、このLTPが誘導された細胞において、記憶が形成されていると考えられている。
そのため、記憶の固定化の過程でLTPが誘導される細胞と時間を調べることで、記憶がいつ、どの細胞に保持されているかがわかると推測されているが、これまでそれを調べる技術はなかったという。そこで研究チームは今回、LTPがいつどこで起きているのかを検出する技術を開発。それを用いて記憶の固定化中にLTPが誘導される細胞とその時間枠を明らかにすることを目的とした研究を行ったという。
具体的には、LTPに伴って、シナプス後部にある構造「スパイン」が拡大する「structural LTP」(sLTP)には、筋肉を構成する主要タンパク質「アクチン」の関連分子である「cofilin」(コフィリン)が重要であることが分かっていることから、コフィリンを光によって特定のタンパク質を不活化する技術「CALI(Chromophore-assisted laser inactivation)」を用いて、光増感蛍光タンパク質「SuperNova」を融合。特定の波長の光を照射することで、近傍にあるcofilinのみを不活化することで、光によってsLTPとLTPを消去する技術が開発された。
実際にコフィリンの不活化が行われた結果、LTPが消去されることが確認された。これまでにも薬剤を使ってLTPを消去する手法はあったが、光を使うことで、狙った場所・時間でだけLTPを消去することが可能になったと研究チームでは説明する。
また、学習の直後、あるいは学習後の睡眠中の海馬に光の照射を行ったところ、それぞれで記憶が消去されることも確認。これは学習直後とその後の睡眠において2段階のLTPが海馬で起きていたことを示しており、その段階的なLTPによって海馬で短期的な記憶が形成されることが示されたとするほか、カルシウムイメージングによって細胞の活性の様子を観察したところ、学習直後のLTPにより細胞は学習空間特異的に発火するようになり、さらにその後の睡眠中のLTPによって細胞同士が同期して発火するようになることが見出されたという。
さらに、記憶が皮質に移る時間枠を確かめるため、「前帯状皮質」でのLTP時間枠の調査が行われたところ、学習の翌日の睡眠中に前帯状皮質でLTPが誘導されていることが判明。これは、長期的に保存されるための記憶が、学習の翌日にすでに皮質に移行し始めていたことを示すものだとする。
なお、研究チームでは、今回開発した技術について、記憶に関与する多くの脳機能を細胞レベルで解明できる可能性を持っているとするほか、LTPに関わるシナプスの異常は発達障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、認知症、アルツハイマー病といった記憶・学習障害だけではなく、統合失調症やうつ病の発症にも関与することが示唆されていることから、研究から得られた知見がそれらの治療法に広くつながることも期待されるとしている。