米国航空宇宙局(NASA)は2021年3月19日(日本時間)、有人月・火星探査を目指して開発中の巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の、コア・ステージの燃焼試験に成功した。

同じ試験は今年1月にも行われたが、不具合によりエンジンが早期に停止する結果に終わっていた。

今回の試験が成功したことで、無人での月周回飛行ミッション「アルテミスI」、そしてその先の有人月探査に向け、ひとつ前進したことになる。しかし、初飛行の時期など、今後の予定は不透明だ。

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    ミシシッピ州にあるNASAステニス宇宙センターで行われた、SLSのコア・ステージの燃焼試験の様子 (C) NASA/Robert Markowitz

SLSの燃焼試験の再挑戦

スペース・ローンチ・システム(SLS:Space Launch System)は、NASAやボーイングなどが開発している巨大ロケットで、アポロ計画以来となる有人月探査計画「アルテミス(Artemis)」の実現や、月周回有人拠点「ゲートウェイ(Getaway)」の建設、そして2030年代に予定されている有人火星探査を実現するための主軸に位置づけられている。

全長は約111.3m、直径は8.4mで、22階建てのビルに相当する。地球低軌道に約100t、月へは約30tもの打ち上げ能力をもつ。

SLSは2段式で、第1段はコア・ステージと呼び、その上には第2段、さらにその上に宇宙船などのペイロードが載る。また、コア・ステージの両側には固体ロケット・ブースターを装備。開発費と期間を節約するため、スペース・シャトルで使われていた「RS-25」エンジンや固体ロケット・ブースター、タンクの技術などを流用している。

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    SLSの想像図 (C) NASA/MSFC

SLSの初飛行に向け、最後の関門となるのが「グリーン・ラン(Green Run)」と呼ばれる試験である。最初のミッションで実際に打ち上げる機体を使って、コア・ステージの全体的な機能や性能などを確認することを目的としている。

一時は遅れている開発スケジュールを短縮させるため、またシャトルのタンクやエンジンを流用していることもあって、試験を省略、すなわちぶっつけ本番で打ち上げることも検討されていたが、最終的には実施することで決まった。

グリーン・ラン試験は2020年1月から始まり、新型コロナウイルス感染症やハリケーンなどの影響でたびたび中断したものの、8つ中7つの試験をクリア。そして、その最後の試験項目が、第1段に4基装備されているRS-25の燃焼試験だった。

この試験は、ミシシッピ州にあるNASAステニス宇宙センターにおいて、実際の打ち上げと同じ手順で準備を行い、そして4基のRS-25エンジンに点火し、実際の飛行と同じ時間だけ燃焼させる。ブースターや第2段を装備しないことや、発射台から飛び立たないことを除けば、本番の打ち上げとほぼ同じ状況で試験することができる。

この燃焼試験は当初、今年1月17日に実施されたが、油圧システムのパラメーターを保守的に設定していたことが引き金となり、予定していた燃焼時間である約8分間(485秒間)にまったく満たない、わずか67.2秒でエンジンが停止。試験としては不十分な結果に終わっていた。

NASAは、再度燃焼試験を行うか否かを検討した結果、実施したほうがリスクを最小限に抑えつつ、コア・ステージの設計を飛行に向けて検証するための貴重なデータが得られると判断。そして今回、2回目となる燃焼試験が実施された。

エンジンは、日本時間3月19日5時37分(米東部夏時間18日16時37分)に点火。液体酸素と液体水素を推進剤とするRS-25は、4基あわせて約7117kNもの推力を叩き出しながら、計画どおり8分19秒間の燃焼に成功した。

その間、4基のエンジンを特定のパターンで動かして推力を調整したり、エンジンの出力を109%まで上げたり、スロットルを下げたり上げたりするなど、さまざまな運用条件が確認され、試験の最低条件の目標はもちろん、エクストラ目標もクリアした。

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    燃焼試験を行うSLSのRS-25エンジン (C) NASA

NASA長官代理を務めるスティーヴ・ジャージック(Steve Jurczyk)氏は「SLSは驚くべき技術的偉業であり、アルテミス計画を実現することができる唯一のロケットです。今日、コア・ステージの燃焼試験に成功したことは、人類を月面に、そしてその先に送り込むというNASAの目標にとって重要なマイルストーンです」と述べた。

また、NASAでSLSプログラムのマネージャーを務めるジョン・ハニーカット(John Honeycutt)氏は「今回の燃焼試験では、SLSの打ち上げを成功させるために必要な、多くのデータを提供してくれました。見たところ、今日の試験はすべて問題なかったと思います。コア・ステージの成績表に『A+』の評価がついたと言えるでしょう」と語った。

コア・ステージはこのあと、改修されたのち、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターへ輸送。そして固体ロケット・ブースターや第2段機体、そしてオライオン宇宙船などが結合され、打ち上げに向けた準備が行われることになっている。

アルテミスIの打ち上げへの影響は不明

SLSにとってデビュー戦となるのは、「アルテミスI」というミッションである。このミッションでは、SLSで無人のオライオン宇宙船を月へ向けて打ち上げ、オライオンは月の周回軌道に入り、2週間ほど滞在したのち、地球へ帰還する。

ただ、肝心の打ち上げ時期はまだ未定である。もともとNASAは、今年末の打ち上げを計画していたが、それは1月の燃焼試験が成功していればの話であった。

今回の試験後に行われた記者会見で、NASAの宇宙探査システム開発担当の副長官を務めるトム・ウィットメイヤー(om Whitmeyer)氏は「今年中に打ち上げることを検討しています」と述べ、燃焼試験をやり直したことによる影響はないという見通しを述べた。

しかし、SLSの開発や試験の予定はもともと逼迫しており、燃焼試験の成功が2か月遅れとなったことで、このあとの予定も数か月単位で遅れる可能性が高く、したがって打ち上げも2022年初頭以降へずれ込む可能性がある。

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    月の上空を飛行するオライオン宇宙船の想像図 (C) NASA

このアルテミスIミッションが成功すれば、その成果を踏まえ、2023年には「アルテミスII」を実施。このミッションではオライオンに宇宙飛行士が乗り、SLSで月へ向かって飛行したのち、月の裏側を回って地球へ帰還する。

そして2024年の「アルテミスIII」ミッションで、4人の宇宙飛行士が乗ったオライオンをSLSで打ち上げ、アポロ計画以来となる有人月着陸の実施が計画されている。

SLSは2011年、オバマ政権下で開発が決定され、検討が行われたのち、2014年から本格的な開発段階に入った。しかし、技術的な問題や、災害による開発拠点の損傷などでスケジュールは何度も遅れ、それにともなうコスト超過にも悩まされている。

シャトルの部品の流用で開発コストと期間を抑えるという目論見はすでに消え、これまでに1号機の打ち上げ予定は約4年超過、開発費も170億ドル以上が費やされているが、いまだに完成していない。

SLSの開発やアルテミス計画は、超党派からの支持を受けており、現在のバイデン政権でも継続される見通しである。ただ、有人月着陸の実施時期などのスケジュールについては、もともとトランプ大統領が半ば強引に押し通したものであることもあり、計画が見直される可能性もある。

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    アルテミス計画における有人月探査活動の想像図 (C) NASA

参考文献

NASA Mega Moon Rocket Passes Key Test, Readies for Launch | NASA
Green Run Update: Full Duration Hot Fire Successfully Completed on Mar. 18 - Artemis
SLS Core Stage Green Run Testing Overview | NASA
Space Launch System (SLS) Overview | NASA