いつの時代も、あこがれの職業の上位にランクインする「宇宙飛行士」。だが、それを叶えるための条件は厳しく、そもそも応募するのも難しいうえに、倍率も300倍以上と、アイドルになるのと同じくらい狭き門である。

しかし、そんな状況が少し変わるかもしれない。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2020年10月23日、翌21年の秋ごろを目処に、新しいJAXA宇宙飛行士を募集すると発表。そして、その応募条件について「より多くの方に宇宙飛行士になる可能性を広げるため」として、条件の一部を緩和、削除することが検討されている。

はたして、新しい条件とはどのようなものになるのか。そして、どんな人が宇宙飛行士になれるのだろうか。

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    誰もが宇宙飛行士を職業にできる時代になるかもしれない (C) NASA

13年ぶりのJAXA宇宙飛行士募集

JAXAが宇宙飛行士を募集するのは、1983年の第1回募集から数え、今回で6回目となる。これまでに11人のJAXA宇宙飛行士が生まれ、現時点で7人が現役で活躍している。

今回、新たにJAXA宇宙飛行士を募集することになった背景には、2019年10月に、米国主導の国際宇宙探査計画「アルテミス」に参画することが決まったことがある。これにより、2020年代以降、JAXA宇宙飛行士が月周回有人拠点「ゲートウェイ」に滞在したり、月面に降り立って探査したりといった活動を行うことになる可能性が出てきた。

現在のJAXA宇宙飛行士は全員40~50代であり、今後も継続的に有人宇宙活動を続けていくためには、新しいJAXA宇宙飛行士を育成し、世代交代を進めていくことが必要になる。

JAXA特別参与で宇宙飛行士の若田光一氏は「人類はこれまで20年ごとに宇宙での活動領域を拡大してきました。2020年代には民間による地球低軌道の商業活動が始まり、国際協力による地球低軌道以遠の滞在拠点の確立されていきます。そして2040年代には月面での持続的な活動も想定されています。私たちは新しい時代の幕開けに立っています。それを見据え、JAXAでは新たな宇宙飛行士を募集します」と語る。

募集は2021年秋ごろに開始される予定で、また今後5年に1回を目安に、定期的に募集を行うことを計画しているという。

つまり、現在40歳前後までの人をはじめ、子どもたちも含め、宇宙飛行士になれるチャンスが、それも若ければ若いほど多くあるということになる。

しかし、宇宙飛行士は非常に狭き門である。たとえば2008年に行われた第5回募集においては、そもそも最初の応募の段階において、次のような厳しい条件が定められていた(第5回の応募条件より一部抜粋)。

  • 自然科学系の大学卒業以上であること
  • 自然科学系分野における研究、設計、 開発、製造、 運用等に3年以上の実務経験を有すること
  • 訓練時に必要な泳力(水着および着衣で75m: 25m×3回 を泳げること。また、10分間立ち泳ぎが可能であること)を有すること。
  • 日本人の宇宙飛行士としてふさわしい教養等(美しい日本語、日本文化や国際社会・異文化等への造詣、自己の経験を活き活きと伝える豊かな表現力、人文科学分野の教養等)を有すること
  • 10年以上JAXAに勤務が可能であり、かつ、長期間にわたり海外での勤務が可能であること

さらに、書類審査に始まり、筆記試験や医学検査、面接などの厳しい選抜もあり、それを経て最終的に一握りの人だけしか選ばれない。

たとえば第5回の募集では、応募者数は963人で、最終的に選ばれたのはわずか3人。その倍率は321倍で、これは国民的アイドル・グループ「AKB48」のオーディションの倍率とほぼ同じくらいであり、まさに夢のまた夢といえる。

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    会見するJAXA宇宙飛行士の若田光一氏。宇宙ファンにとってはさまざまな意味でアイドルのような存在だが、これからは変わっていくかもしれない (C) JAXA

募集条件の緩和の検討

こうした事情から、ところが、次の第6回の募集では、JAXAは「より多くの方に宇宙飛行士になる可能性を広げるため」とし、応募条件を見直すことを検討しているという。

たとえば、前回「自然科学系の大学卒業以上」としていた条件は、「大学・大学院、短大、高専、専門学校卒業以上」とし、また自然科学系以外の学部(分野)でも可としたり、泳力や教養に関する条件を削除したりといったことが検討されている。

また、JAXA宇宙飛行士としての採用後の「10年以上JAXAに勤務が可能」という条件についても、「採用後の職制の多様化(任期制やクロスアポイントメントなど)の可能性についても検討中」としている。つまり、宇宙飛行士として選ばれても、それまで務めていた会社などを退職してJAXAに入社しなくてもよくなる可能性がある。

こうした見直しは、「多様な人材雇用や働き方が社会に浸透しつつあることを十分に考慮するため」とされる。また、欧州宇宙機関(ESA)が、障がいを持つ人を対象とした「パラストロノート(parastronaut)」を採用する動きを進めていることもあり、JAXAもそうした多様性を考慮した方針にすることを検討しているという。

具体的にどのような条件になるかは、今後検討が進められ、決定される。また検討にあたっては、一般を対象にしたパブリック・コメントの募集(3月19日まで)や、民間事業者からの宇宙飛行士の募集・選抜、基礎訓練に活用できるノウハウやアイデアを募る情報提供依頼(RFI)を行い、それらを踏まえて決めていくとしている。

さらに、実際の募集・選抜、訓練も、これまでのJAXA主体による実施と異なり、民間企業と連携を強化し、募集・選抜、訓練に企業ノウハウや新しいアイディアを活用していくという。

今後、2021年夏ごろには、募集・選抜、訓練を実施する企業を選定し、そして秋ごろには募集要領を発表し、募集を開始するとしている。

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    欧州宇宙機関(ESA)は、次の新しい宇宙飛行士の募集において、障がいを持った人も対象とする「パラストロノーツ(parastronaut)」計画を進めている (C) ESA