東京工業大学(東工大)、英インペリアルカレッジロンドン(ICL)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンターの4者は1月25日、還元雰囲気における安定性、毒性、そして資源量に課題のあった希土類、ビスマス、鉛、チタンといった従来の元素を使用せずに、安定性・安全性・安価の点に優れる世界最高クラスの酸化物イオン伝導度を示す新しい酸化物イオン伝導体「Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05」を発見したと発表した。

  • 酸化物イオン伝導体

    今回発見されたBa7Nb3.9Mo1.1O20.05の高い酸化物イオン伝導度(右図の赤丸と赤線)、本質的な酸素欠損層の原子配列(左)とイオン移動経路(中央)。O5は、原子Ba1とO1の隙間に存在する酸素原子(格子間酸素) (c) Masatomo Yashima and Nature Publishing Group. (出所:J-PARC Webサイト)

同成果は、東工大の八島正知教授、同・辻口隆史大学院生(研究当時)、同・作田祐一大学院生、同・安井雄太大学院生、同・藤井孝太郎助教、ICLのYu Zhou大学院生、同・スキナー スティーブン教授、KEK/J-PARCセンターの鳥居周輝技師、同・神山崇教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

クリーンで効率が高く安価な発電装置を開発することができれば、差し迫った環境問題に対して大きく寄与することが可能だ。その候補のひとつが、単独の発電装置として発電効率が高く、高温で動作することから白金などの高価な触媒が不要な固体酸化物形燃料電池(SOFC)だ。SOFCは電解質や電極など、すべてに固体を用いることが特徴である。そしてその根幹を成すのが、酸化物イオン伝導体(酸素イオン伝導体)である。

高い酸化物イオン伝導度は、特定の結晶構造においてのみ発現することから、これまでは酸化物イオン伝導の報告がほとんどない。そのため新しい結晶構造グループに属する高酸化物イオン伝導体を発見すれば、それを用いたクリーンで効率が高く、そして安価な燃料電池の実現も期待できるという。

酸化物イオン伝導体として多く報告されてきたのが、チタン酸カルシウム(CaTiO3)。鉱物名では「ペロブスカイト」と呼ばれる酸化物の関連化合物だ。ペロブスカイトにはさまざまな種類があり、大別して4種類のグループに分かれる。これらすべてで酸化物イオン伝導体が報告されているわけではなく、あまり酸化物イオン伝導体に向かないグループも存在する。

それが「六方ペロブスカイト関連酸化物」と呼ばれるグループだ。多種多様な結晶構造と材料特性を示すことで知られているが、酸化物イオン伝導体は稀であり、これまでイオン伝導体の研究対象としてはあまり注目されてこなかった。そうした中、あえて六方ペロブスカイト関連酸化物に着目し、イオン伝導と構造についての研究を進めてきたのが東工大の八島教授である。

そして今回、八島教授と国内外の研究者による国際共同研究チームが着目したのが、「Ba7Nb4MoO20」だ。着目した理由は、以下の4点としている。

  1. 構成元素が既知の酸化物イオン伝導体「Ba3MoNbO8.5-δ」と同じであること
  2. 六方ペロブスカイト関連酸化物であること
  3. 構造がBa3MoNbO8.5-δと同様、酸化物イオンが動くと期待される、本質的な酸素欠損層c'を持つこと
  4. 結合原子価法を用いて計算した酸化物イオンの移動に対するエネルギー障壁0.21eVが、Ba3MoNbO8.5-δの障壁0.51~0.35eVよりも低く、高い酸化物イオン伝導度が期待されること

そして、さまざまな化学組成のBa7Nb4MoO20固溶体を合成し、電気伝導度を測定した結果、Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05が最も高い伝導度を示すことが確認されたという。

そこで研究チームは、この酸化物の電気的性質と結晶構造について、詳細な研究を実施した。

まず酸化物イオン伝導度の実証として、実験で以下の4点が確認された。

1つ目が、酸素濃淡電池で測定したBa7Nb3.9Mo1.1O20.05における酸素イオンの輸率(全電気伝導度のうち酸化物イオン伝導度の割合により定義される)が1に近い。

  • 酸化物イオン伝導体

    Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05の酸化物イオン伝導の実証。(a)酸素濃淡電池により分析された種々の雰囲気での酸素(酸化物イオン)の輸率。(b)全電気伝導度σの酸素分圧P(O2)依存性。縦軸は対数log(σ)であり、横軸は酸素分圧P(O2)の対数log(P(O2))である (出所:J-PARC Webサイト)

2つ目がBa7Nb3.9Mo1.1O20.05の全電気伝導度は広い酸素分圧の領域で一定。

3つ目が高い酸素の拡散係数(イオンや原子がある位置から別の位置へジャンプして移動すること)を示す。

そして4つ目がプロトンの輸率が湿潤雰囲気でも低い。

これらの実験結果から、酸素イオンが支配的なキャリア(電荷担体)であることが明らかとなった。

さらに500℃以下におけるBa7Nb3.9Mo1.1O20.05の伝導度は、実用化されている「イットリア安定化ジルコニア」や既知のBa3MoNbO8.5-δよりも高く、300℃では最も高い酸化物イオン伝導度を示す物質のひとつとして知られている酸化ビスマス固溶体の伝導度より高いことが確認された。

  • 酸化物イオン伝導体

    Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05の高い酸化物イオン伝導度。既知の酸化物イオン伝導体との比較 (出所:J-PARC Webサイト)

低温側においてBa7Nb3.9Mo1.1O20.05の伝導度が、既知のBa3MoNbO8.5-δよりも高い理由は、酸化物イオン伝導度の活性化エネルギーが低いためである。よって、活性化エネルギーが低い六方ペロブスカイト関連酸化物を探索することが、新たな高酸化物イオン伝導体の設計指針のひとつになることが示されたという。

また、高温かつ広い酸素分圧領域での酸素濃淡電池による起電力測定前後でも、Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05は劣化や結晶相の変化などが確認されず、相安定性が高いことも判明した。これらのことは、Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05が優れた酸化物イオン伝導体であることを示しているという。

そして、従来の高酸化物イオン伝導体の多くに使われていた希土類、ビスマス、鉛、チタンが使われていないことも大きなポイントとなる。これらの元素は、還元雰囲気における安定性、毒性、資源量的に難があったからだ。今回発見されたBa7Nb3.9Mo1.1O20.05は、これらの元素をまったく含まないため、安定性、安全性、そして資源確保の点で従来よりも大きく優れているとする。

さらに結晶構造の解析、ならびにイオン伝導経路の可視化を目的とした中性子散乱長密度分布の解析も実施。その結果、Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05が、800℃において六方ペロブスカイト関連酸化物であることが確認されたという。

  • 酸化物イオン伝導体

    800℃におけるBa7Nb3.9Mo1.1O20.05の構造、中性子散乱長密度分布と酸化物イオン拡散経路。a:結晶構造、b:中性子散乱長密度分布の等値面、(001)面(c'層)上のc:原子配列とd:中性子散乱長密度分布。(c) Masatomo Yashima and Nature Publishing Group. (出所:J-PARC Webサイト)

Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05は格子間酸素量が多いことから、母体となったBa7Nb4MoO20に比べてイオン伝導度が高いと考えられるとする。このことから、格子間酸素量を増やすことも、六方ペロブスカイト関連酸化物の高酸化物イオン伝導体の設計指針になるとしている。

なお、研究チームが今回、高い酸化物イオン伝導度を示す新酸化物イオン伝導体Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05を発見したことで、今後、六方ペロブスカイト関連酸化物の研究開発が活発化することが考えられるという。また、新たな応用に向けた道を切り拓くことが期待されるとする。具体的には、固体酸化物形燃料電池や酸素濃縮器の高性能化、新しい酸化物イオン伝導体や電子材料の開発を促進することが考えられるとしており、今回の知見によって、今後ほかの新たな酸化物イオン伝導体が発見されることも期待されるようになったともしている。