海洋研究開発機構(JAMSTEC)、京都大学(京大)、広島大学、理化学研究所(理研)、マリン・ワーク・ジャパン(MWJ)の5者は1月22日、隕石中に発見したカンラン石の化学組成を持つ高圧相を新鉱物「ポワリエライト」と命名し、この度、国際鉱物学連合により正式に認定を受けたことを共同で発表した。
同成果は、JAMSTEC 高知コア研究所の富岡尚敬主任研究員、京大 複合原子力科学研究所 粒子線基礎物性研究部門 中性子材料科学研究分野の奥地拓生教授、広島大大学院 先進理工系科学研究科の宮原正明准教授、理研 計算科学研究センターの飯高敏晃専任研究員、理研 情報システム本部の河津励特別研究員(現・東京大学 物性研究所 特任研究員)、JAMSTEC 高知コア研究所の谷理帆研究生(兼広島大大学院 理学研究科 大学院生)、MWJの兒玉優技術支援員、伊・フィレンツェ大学 地球学科のBindi Luca氏、中国・南京理工大学 材料科学与工程学院のLi Zhi氏、中国科学院 広州地球化学研究所のXie Xiande氏、独・バイロイト大学 バイエルン地球科学研究所のPurevjav Narangoo氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Communications Earth & Environment」に掲載された。
地球の地殻やマントルには、マグネシウムとケイ素の酸化物(Mg2SiO4)である「カンラン石(ペリドット)」という鉱物が豊富に含まれている。カンラン石の結晶構造(相)が、地下のさまざまな温度や圧力などの条件下において、どのように変化するのかを調べることは、地球深部を構成する物質を理解するうえで重要だという。地下数百kmの高温高圧下のカンラン石を直接採取することはできないが、地球深部に相当する高温高圧条件を実験的に作り出してその構造変化を探るといった研究が活発に行われている。
地球深部を形成していると考えられる高圧相の多くは、実は意外なところで見つかっている。地球外から飛来する隕石の中だ。なぜ惑星になれなかった欠片である小惑星に、そのような高圧相があるのか。多くの隕石の起源である小惑星帯は、SF映画やアニメなどで描かれるほど隕石が密集しているわけではないが、それでも隕石同士の衝突は起きる。隕石同士が高速で衝突することで、瞬間的に地球深部に相当する高温高圧状態が達成されると考えられており、その結果として隕石中に地球深部と同等の高圧相が見られるのである。
高温高圧実験により確立された相平衡によると、MG2SiO4成分は常温常圧下ではカンラン石の結晶構造を取る。しかし圧力が増加すると、準スピネル相(鉱物名:ワズレアイト)、スピネル相(鉱物名:リングウッダイト)と変化していく。そして23万気圧(地下600~700km程度のマントル内の圧力)の条件で、MgSiO3(鉱物名:ブリッジマナイト)とMgO(鉱物名:ペリクレース)に分解する。
これらのうち、天然物としてのワズレアイト、リングウッダイト、ブリッジマナイトは、1960年代末から1990年代にかけて隕石中で初めて発見された(ブリッジマナイトはJAMSTECの富岡主任研究員が1997年に発見した)。
そして2017年に国際共同研究チームが、カンラン石の新しい高圧相「イプシロン相」を世界で初めて発見したのも隕石の中だった。小惑星同士の衝突による高温高圧環境を経験したと考えられる隕石を高分解能の電子顕微鏡で調査した結果の発見だった。
国際共同研究チームは今回、コンドライト隕石(地球外物質「コンドリュール」内に特有の球形の鉱物集合体を含む石質隕石)中にもイプシロン相を見つけるべく、米国に落下した「マイアミ隕石」とオーストラリアに落下した「テンハム隕石」を試料として調査を開始した。
マイアミ隕石とテンハム隕石の大きな特徴は、試料全体にわたって鉱物粒子中に割れや変形といった組織が見られることがひとつ。また、局所的に幅が1mm以下程度の黒色の脈が網の目状に分布していることだ。この脈状組織は、これらの隕石がかつて強い衝撃変成にさらされ、小惑星表層のコンドライトが超高圧下で溶融したことを示しているという。
この脈状組織は「衝撃溶融脈」といい、この中にはもともとコンドライトを構成するカンラン石の粒子が取り込まれ、その一部が高圧相のリングウッダイトやワズレアイトへと変化しているのである。
国際共同研究チームはこのような領域を岩石研磨片から切り出して超薄膜に加工し、超高空間分解能の透過電子顕微鏡を用いて詳細な観察を実施した。超薄膜試料は、主にサイズが約1μm以下の微細なリングウッダイトやワズレアイトの粒子から構成されており、それらの粒子内には面上の構造が観察されたという。
面場構造が卓越する領域に対し、電子線を照射することで回折像が取得された。結晶に対して単一の波長を持った電子線を照射すると、結晶が持つ面それぞれに特有の角度で「ブラッグ反射」と呼ばれる回折が生じる。結晶の構造と化学組成によってそれぞれのブラッグ反射の強度が変化することから、そこからその鉱物の情報を得ることが可能だ。電子線照射が行われた結果、イプシロン相ならではの微弱な回折スポットが確認されたのである。
さらに国際行動研究チームは、中国に落下した「随州隕石」のX線構造解析と密度汎関数法による第一原理計算を実施。
イプシロン相の結晶構造を精密に決定することに成功した。その結果、イプシロン相(密度3.33g/立方cm)の結晶構造は、カンラン石高圧相のリングウッダイト(密度3.59g/立方cm)、ワズレアイト(密度3.50g/立方cm)と大きな共通点がある一方で、密度はむしろ低圧相のカンラン石(密度3.25g/立方cm)に近いという特徴が明らかとなった。
イプシロン相はもともと、パリ大学のJean-Paul Poirier名誉教授により、理論的に予測されていたものだ。国際共同研究チームは、その予測も含め、地球内部の物質科学に大きな業績を残したPoirier名誉教授にちなみ、イプシロン相を新鉱物「ポワリエライト(poirierite)」と命名、そして今回、国際鉱物学連合に正式に承認されたのである。
また、ポワリエライトと同様のカンラン石の結晶構造変化は、地球内部でも起きている可能性があるという。プレートの収束帯では、カンラン石に富む海洋プレートがマントル深部に沈み込んでいく。プレート中のカンラン石は遷移層(地下410~660km)の深さで、ワズレアイトやリングウッダイトいった高圧相に変化する。小惑星同士の衝突イベントと同様に、マントル深部に沈み込むプレート内で高い変形応力が働く領域では、局所的にポワリエライトが存在している可能性があるとしている。
今回の研究においては、隕石中で発見されたイプシロン相を詳細に調べ、新鉱物ポワリエライトとして承認されることとなったが、実は形成の温度圧力やメカニズムはまだ定かではない。
国際共同研究チームは今後、石質隕石に加え、高圧合成試料の電子顕微鏡分析や衝撃圧縮下でのX線回折測定を実施し、ポワリエライトの形成条件を含めたカンラン石組成の鉱物間の構造変化プロセスの解明をしていく予定としている。これらの研究により、小惑星を起源とする隕石の衝撃変成について、より定量的な理解が深まることが期待されるという。
また小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの粒子の分析も、今回の国際共同研究チームの中核であるJAMSTEC高知コア研究所で実施する予定だ。リュウグウ表層は岩石のかけらで覆われているが、その一部はリュウグウへの小天体の高速衝突でできた可能性もある。衝撃で加熱された含水鉱物の脱水や溶融などの影響を探り、リュウグウの表層環境の変化を探る研究も目指すとした。