はじめに

最近の5Gスマートフォン(スマホ)は、大画面、リチウムイオン電池容量の増大、「急速充電」を特徴としていますが、今後はUSB-C(USB Type-C)のPD 3.0規格、特にプログラマブルパワーサプライ(PPS)がUSB電源供給のための望ましい選択肢となるでしょう。

1996年の登場以来、USBはモバイル製品全体におけるデータ通信、充電、電力供給の標準化に向けて大きな役割を果たしてきました。USB技術の最大の進化は、USB委員会が以下の規格をまとめて制定した2013年~2016年に達成されたものです。

  1. USB3.1 Super Speed+ Gen 1(5Gbps)およびGen 2(10Gbps)データ通信
  2. Power Delivery 2.0またはPD(最大100Wまたは20V/5A)
  3. Type Cコネクタ(リビジョン1.2)
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    図1:USBの進化

Type Cコネクタは、24個の接点(12個の接点が2列)を持ち、100W、20V/5Aまで対応できるように設計され、非常にコンパクトなフォームファクタ(高さ2.4mm)を実現しており、リバーシブルなプラグ挿入と接続の有無やケーブルの向きの判定が可能で、レガシーケーブルでの蜘蛛の巣配線を解消します。

100Wの充電は本当か?

7.5Wの充電(USB3.0)から100W(USB3.1)への移行は大きな飛躍です。ほとんどのモバイル機器が15W~45Wの充電器で動作するのに、誰が100Wも必要とするでしょうか? と疑問を持つ人がいるかも知れません。しかし、過去が将来の傾向を示しているとすれば、明日のイノベーションによって想像するよりも早く、100Wが当たり前の時代が来るでしょう。

充電と電力供給は、需要と供給の経済学によく似ています。これらは需要を増やさなければ供給は伸びないが、供給を増やさなければ需要も停滞するという共生関係にあります。USBの電力供給を7.5Wから100Wに引き上げれば、より多くの機器がUSBを通じて充電するようになるのです。

USB-C PD電力供給条件のネゴシエーション

USB 3.1やType Cコネクタが登場する前は、USB充電デバイスはD+端子とD-端子の非データ信号によってUSB充電ポートを識別していました。この方法は最大7.5Wまでは問題なく動作しますが、USBソースとUSBシンク間で最大100W(20V/5A)を安全に供給するには、より高度かつ堅牢な方法が必要です。

USB 3.1、PD 2.0、およびType Cコネクタはすべて、包括的なメッセージング機能を備え、ソースとシンク間にCCワイヤを通じた双方向単線プロトコルを導入しています(図2)。このPDメッセージング機能の用途の1つが、電力供給条件のネゴシエーションです。電力供給条件は、レストランでメニューを見て料理を注文するかのようにネゴシエートされます。ソースとシンクが暗黙の電力供給条件(最大15W)で接続され、両方のポートがPDに対応可能な場合は、明示的な条件、すなわちPD電力供給条件(最大100W)を確立する必要があります。

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    図2:USB-C/PD電力供給条件

すべての正規品で3A以上のタイプCケーブルには、電気的にマークされたケーブルつまりイーマーカー(emarker)が含まれていなければなりません。したがって、ケーブル内でイーマーカーを検出した場合に、3A以上のソースが最初に行うことは、イーマーカーに「Discover Identity」または SVIDメッセージを送信することです。ソースとシンクは、受信したメッセージの先頭にあるSOP(Start of Packet)に応答します。衝突を避けるために、イーマーカーは受信したメッセージの先頭にあるSOPに応答します。

ソースが、3A以上のケーブルかどうか確認すると、レストランのメニューのように自身のV/I情報をアドバタイズします。次にシンクがレストランのお客と同様、アドバタイズされた情報の1つを要求します。要求が受け入れ可能な場合、ソースは合意した電力を供給します。メッセージが送信されるたびに、メッセージの受信側は送信側に「グッドCRC」メッセージを送り返して、メッセージがエラーなしで受信されたことを通知します。

USB-C PD 2.0とPD 3.0の比較

PD 2.0は、最大7つのパワーデータオブジェクト(Power Data Objects:PDO)を使用でき、これらはUSB Type CのCCピンを通じてPDメッセージ内で伝送され、ソースポートの給電能力やシンクの電力要求を示すのに使用されます。これに対して、PD 3.0のPPSは、図3に示した「電圧と電流の範囲」のPDOを提供します。PPSの利点は、シンクが固定されたPDOと比較して「より細かいステップ」で電圧/電流の変化を要求できることです。これはソースとシンク間の充電効率を最適化するのに役立ちます。

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    図3:PD 2.0対3.0

5Gスマホのバッテリ容量

最近発売されたある5Gスマホには、6.9インチの大型ディスプレイと容量5,000mAhのリチウムイオン電池が搭載されており、バッテリ容量は旧モデルと比較して25%増えています。ディスプレイのサイズと5Gの両方がバッテリ容量の増加に関係しています。バッテリ容量が25%増加したということは、「急速充電」機能をアドバタイズし続けるために、ACDCトラベルアダプタ(Travel Adaptor:TA)からさらに大きな電力が求められることを意味します。これを達成するには、USB-C PPSが望ましい選択肢となります。

急速充電

従来、リチウムイオン電池の充電は0.7Cレート(Cレートとは、単純に充電電流をセル容量で割った値)で安全に実行されていました。たとえば、1,000mAhのセルの0.7Cレートの充電電流は700mAです。ただし、通常空状態のセルを0%から50%の充電状態(SoC)まで充電するには、約45分(図4参照)の充電時間(TTC)が必要です。これでは急速とはいえません。

また、TTCを改善するために、単に電流を増やすこともできません。データシートに0.7Cレートと規定されているのに1Cレートでセルを充電すると、セルの早期老化の原因となったり、恒久的な損傷を引き起こしたりする可能性があります。データシートによると、リチウムイオン電池は最低500サイクル使用後に、最低でも定格容量の80%を維持する必要があります。

充電時間の短縮(TTC)は充電電力の増加を意味する

TTCを改善するために、セルメーカーは1Cを超えるレートでの充電、またはより急速な充電に対応するセルを設計しています。これにはセル電圧が最大電圧に達し、充電プロファイルが定電圧(CV)モードに移行する前に、充電プロファイルが定電流(CC)モードに留まる時間を長くするために(空状態のセルで充電を開始すると仮定)、主にセルの内部インピーダンスの低下が伴います。図5に示すように、0%から50%へのSoCのTTCを1Cレートで充電すると、0.7Cレートで充電する場合よりも15分、1.5Cレートでは22分短縮できます。ただし、5,000mAhセルの1.5Cレートでは、バッテリに7.5Aの充電電流と32.6Wの最大充電電力(4.35V×7.5A)が必要です。この電力は狭いスペースでは大きな値です。

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    図4:充電レートと充電時間の比較

最近発売された5Gスマホ内の実際の充電プロファイルに精通しているわけではありませんが、スマホには25W PPS充電器が付属しており、45W PPS充電器アクセサリに対応しています。45Wトラベルアダプタを使用し、電源コンセントから80%の効率でバッテリに充電する場合、約36Wがバッテリに送られます。この値は、図5の黄色枠に記載されている0%~50%の充電状態(SoC)での充電時間(TTC)、約22分に求められる32.6Wという計算値からは大きく離れていません。

簡単に説明しておくと、USB-Cコネクタの最大電流は5Aなので、7.5AのIBATを達成するには、5Gスマホ内部のType Cコネクタと充電器の間に「÷2」チャージポンプが必要になるということです(図5)。たとえば、TAの出力が10V/4Aであれば、チャージポンプの出力は5V/8Aになります(理想的な電力損失を想定)。これはHVLC(High Voltage, Low Current:高電圧、低電流)と呼ばれることがあります。物理学で学習するように、消費電力の計算式はI2Rなので、LVHC(低電圧、高電流)と比較して、HVLCでTAからスマホに(約1mのケーブルで)給電する「効率上の利点」があります。また、Type Cコネクタの登場により、USB-C PDのVBUS最大電圧が5Vから20Vに上昇し、HVLCのアプローチが可能になります。

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    図5:5Gスマホ

ノートPC PD 2.0の充電状況の観察

5Gスマホの充電器とバッテリ間の実際の内部IBAT電流は測定できないことがありますが、Total PhaseのPDスニファでTAと5Gスマホ間のVBUS電圧と電流(IBUS)は測定できます。しかし、その前に図6に示したように、ノートPCとFUSB3307 60W評価ボード(EVB)ソース間でPD 2.0のVBUS/IBUSを観察することができます。

このセットアップでは、PD 2.0シンクのノートPCとFUSB3307 EVB PD 3.0ソースを5Aケーブルで接続しています。FUSB3307 EVBと5Aケーブルの間にTotal Phaseスニファが直列に挿入されています。接続した後、FUSB3307 EVBは4つの固定PDOと3つのPPS(拡張)PDOの形で、ソース能力をアドバタイズします。このノートPCは20V/3Aの固定PDOを要求しますが、最大1.5Aしか必要ありません。FUSB3307はノートPCの要求を受け入れ、電力供給条件を決定します。図7では、VBUS(赤)が5Vから20Vに上昇し、ノートPCが起動すると(バッテリが空状態で起動)、ダイナミックIBUS電流(青)が約1.3A、つまり約30Wまで増加していることが確認できます。

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    図6:ノートPCのセットアップ

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    図7:ノートPCのVBUS V/I

5GスマホPD 3.0 PPSの充電状況の観察

図8と図9を見てみると、ノートPCが5Gスマホに、電源が100W FUSB3307 PD 3.0 PPS EVBに置き換えられています。5Gスマホは、最初に5V固定PDOを要求し供給されますが、その約7秒後にPPS(3Vから21V/5A) PDOを要求し供給されます。5Gスマホはすぐに、210msecごとに要求される電圧(赤)を40mVステップで、8Vから9.28Vに上昇させる「アルゴリズム」に入り、同時に電流(青)を約7秒のスパンで2Aから4Aにランプ(シンク)します。5Gスマホは充電プロセス全体を通じて、FUSB3307電源との通信を継続します。

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    図8:5Gスマホのセットアップ

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    図9:5GスマホのVBUS V/I

PPS電流制限(CL)アラート

安全性はパワーデリバリ(Power Delivery:PD)の重要な側面です。図10では、5Gスマホにおいて要求された最大動作電流4Aで要求された電源電圧(赤)が8Vから9.28Vに上昇している間、FUSB3307 100Wソースはスマホに、4Aの「電流制限」(CL)に達したという情報を含む「アラート」メッセージを送信します。

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    図10:電流制限(CL)に対するPPSのアラート

5GスマホPD 3.0対ノートPC PD 2.0の充電状況の観察

ノートPCで示したPD 2.0の電力供給は、効果的ではありますが比較的単純です。接続後の最初の1秒以内に20V/1.5Aの電力供給条件がネゴシエートされ、承認されますが、それ以上のPDの動きは観察されません。他方PPSを搭載した5Gスマホの動作はまったく異なります。

5Gスマホは高度な充電アルゴリズムのマスターとして、負荷電流を巧みにランプさせるため、常にFUSB3307電源と通信して出力電圧を変更するよう指示します。実際、PPSには、ソースとシンクのメッセージング間の最大15秒の「キープアライブ」タイムアウトのための規定が含まれています。そのため、PPS動作時にはソースとシンクはCC接点を介して一定のデジタル通信を行っています。

5Gスマホ/FUSB3307のピーク電力は、37.68W(9.6V/3.925A)で接続されてから約60秒後に観測されます。これは約22分の急速(0%~50% SoC)TTCを実現するのに必要な1.5Cレート、つまり32.6Wでバッテリを充電するのに必要な値とはそれ程かけ離れていません。

高効率な急速充電の「A、B、C」とPPS

5Gの登場とディスプレイの大型化に伴い、スマホバッテリの大容量化に拍車がかかっています。「急速充電」に対するユーザーの期待とも相まって、最近ではトラベルアダプタに45Wもの高電力が要求されるようになりました。しかし、消費電力の増加により熱の形で電力損失も増えてきます。そのため、今まで以上に効率が重要となっており、PPSの出番が来たのです。

図11の一般的な「コンセントからバッテリ(Wall to Battery)」リチウムイオン充電ブロック図を見ると、その目的はPMICを介してシステムに電力を供給し、それと並行してパワーパスFETを介して、1Sセルを空状態(約3V)から満充電(4.35V)まで充電することです。テクノロジ(スイッチング、リニア、バイパス)に関係なく、入力電圧(B)が出力電圧(C)またはVBATをわずかに上回っていれば、この充電器は常に高い効率で動作します。複雑なことに、VBATは以下の2つの理由から常に動いています。

  1. 充電プロファイルの間にバッテリ電圧が空状態から満充電まで上昇する
  2. 非同期負荷の変化に伴ってバッテリ電圧が上昇・低下する

効率を最適化するために、トラベルアダプタ(TA)の出力(A)電圧をシンクのMCUで厳密に制御する必要があります。Fuel Gage(バッテリ残量ゲージ)でVBATを読み取ってからチャージポンプのVOUTを検知するまでに、MCUポリシーマネージャ(Policy Manager)はCCピンを通じ、PDプロトコルメッセージングを使って、TAのVOUTを20mVステップで厳密に制御することができます(PPS)。

PPSの追加により、モバイル機器は大容量バッテリをより速く、より安全かつ効率的に充電できるようになりました。オン・セミコンダクターのFUSB3307評価ボードは、5Gスマホの高度なPPS充電アルゴリズムをサポートできます。

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    図11:効率的な急速充電のA、B、C

FUSB3307評価ボード(EVB)、DC入力付き

FUSB3307 EVBは4.5V~32VのDC入力に対応し、5V~20VのUSB PD出力を供給し、PD 2.0とプログラマブルパワーサプライ(Programmable Power Supplies:PPS)を含むPD 3.0の両方の規格に準拠しています。FUSB3307は、ステートマシンベースのPDコントローラ兼Type Cポートコントローラです。そのため、MCUは不要でファームウェアの開発も必要ありません。ファームウェアがないということは、医療用アプリケーションで有用な耐タンパー性も備えていることを意味します。接続するだけで自律的に動作します。FUSB3307ステートマシンにはPDポリシーマネージャ(Policy Manager)が内蔵されており、FUSB3307 CATH出力ピンでComp入力を駆動することにより、オン・セミコンダクター製NCV81599バックブーストコントローラを制御します。FUSB3307はVBUS FETも自律的に制御します。

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    図12:USB3307評価ボード(EVB)、DC入力付き

FUSB3307評価ボード(EVB)、AC入力付きF

また、FUSB3307はAC入力付きPD 3.0ソースとして使用することもできます。FUSB3307はステートマシンベースのUSB-C PD 3.0ポートコントローラであり、FODM8801BVオプトカプラを介してCATH出力でNCP1568 FB入力を制御することによって、VBUS(5V~20V)を安定化させます。この場合も、FUSB3307がVBUS FETを自律的に制御します。

まとめ

PPSは、パワー、安全性、高効率のすべてを備えています。

USB-C/PD 3.0は非常に細かいV/Iステップ、最大100W(20V/5A)のプログラマブルパワーサプライ(PPS)を特徴とし、急速充電(0~50% SoCを約22分で充電)が5Gスマホの高効率化を可能にします。PPSは、USB-C/PDシンクがType CコネクタのCC接点に対応する双方向単線プロトコルを使用して、スマートスレーブのトラベルアダプタによる高度かつ安全な充電アルゴリズムのマスターになる「コンセントからバッテリ」制御ループアーキテクチャも実現します。PPSソースは、定電圧(CV)モード(デフォルト)または電流制限(CL)モードのいずれかで動作し、モード変更時にシンクにアラートメッセージを通知します。5GスマホがPPSを採用しているという事実こそが、PPSが望ましい選択肢であり、今後も継続して使用されるという明確な指標です。

著者プロフィール

Bob Card
ON Semiconductor
Marketing Manager Advanced Solutions Group