「森永ミルク生活」、宇宙日本食化への挑戦
2020年11月15日(米国時間)、米国フロリダ州のケネディ宇宙センターから、スペースXの新型宇宙船「クルー・ドラゴン」に乗って飛び立った野口聡一宇宙飛行士。これから国際宇宙ステーション(ISS)で、約半年間にわたる長期滞在ミッションに挑む。
そんな過酷なミッションをこなす野口宇宙飛行士や他国の宇宙飛行士たちの、精神的なストレスを和らげ、ひいては仕事の効率を維持・向上させることを目的に、今回の長期滞在ミッションに合わせ、約30種類もの「宇宙日本食」も宇宙へ送られる。
そのうちのひとつで、今回初の宇宙飛行となったのが、森永乳業が開発した「森永ミルク生活(宇宙用)」である。市販されている「大人のための粉ミルク『ミルク生活』」を宇宙日本食にしたもので、宇宙生活で減りがちなカルシウムなどの栄養を効率的に摂取できる食品として期待されている。
「大人のための粉ミルク『ミルク生活』」とはどういう製品なのか、なぜ宇宙日本食化に挑戦したのか、認証のための作業や工夫、そして期待されるメリットや今後の展望などについて、森永乳業マーケティング統括部の小菱悟さんにお話を伺った(インタビュー日:2020年8月21日)。
「大人のための粉ミルク『ミルク生活』」ってどんなもの?
鳥嶋真也(以下、鳥嶋)--まずはじめに、一般向けの「大人のための粉ミルク『ミルク生活』」(以下、森永ミルク生活)について、どのような商品なのか教えてください。粉ミルクというと、「赤ちゃんのためのもの」という印象が強いですよね。
小菱悟さん(以下、小菱)--森永乳業が育児用粉ミルクを製造を始めたのは1920年で、今年でちょうど100周年になりますが、これまでに多くのお客さまから、「赤ちゃんの身体にいいなら大人にもいいのでは?」、「育児用粉ミルクを10年間飲み続けているおかげで元気だ」、「大人用の粉ミルクを作ってほしい」といったご意見、ご要望をいただいていました。多いときで年間100件を超えるほどでした。
たしかに粉ミルクには、いろんな成分がバランスよく入っており、これだけで赤ちゃんがすくすくと育つほどです。そのため、健康や体調を気にされる方や大人の方などにもご愛用いただいていたのだと思います。
そこで、ラクトフェリンやビフィズス菌、シールド乳酸菌といった機能性素材や、大人の方が不足しがちな栄養素を加えた「ミルク生活」を開発し、2016年から販売を始めました。
鳥嶋--栄養を摂るための商品として、錠剤やカプセル、ゼリー状の飲み物など、さまざまな種類の商品が世にあふれているなかで、粉ミルクはどんなところが優れているのでしょうか。
小菱--まず粉末は、いろんな栄養をバランス良く入れることができます。また保存性も高く、この「ミルク生活」の場合は18か月ももちます。そして、水をはじめ、コーヒーやヨーグルトなどに溶かしたり混ぜたりしやすいので、飲んだり食べたりしやすいという利点もあります。
「ミルク生活」、宇宙日本食化への挑戦
鳥嶋--この「ミルク生活」の宇宙日本食1)化への挑戦に際しては、何がきっかけとなったのですか。
注1:宇宙日本食……食品メーカーが提案する食品を、JAXAが制定している宇宙日本食認証基準と照らし、宇宙食としての基準を満足している場合に認証する制度。ISSにおける宇宙食は基本的にNASAやロシアから提供されるが、宇宙日本食は日本人宇宙飛行士の長期滞在の際の精神的な安定などを目的としたボーナス食として位置づけられている。この認証を受けた製品は、実際に宇宙へ持ち込まれ、ISSに長期滞在する日本人宇宙飛行士や、他国の宇宙飛行士が食べることができる。これまでにカレーやラーメンのほか、イワシのトマト煮などが認証され、実際に宇宙で食べられている。
小菱--2017年11月に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の方から、「『森永ミルク生活』を宇宙日本食に申請しませんか?」とお声がけいただいたのがきっかけでした。JAXAのなかで、「市販品のなかで宇宙日本食にできるものはないか」という調査が行われ、その結果、そのひとつとして選んでいただき、お声がけいただいたものと聞いています。
そして、安全に製造、供給ができそうか、詳細をJAXAからお話を伺ったり、下調べをしたり、メンバーや役割を決めたりなどし、2018年2月にプロジェクトを始動させました。最初の中心メンバーは5人でしたが、製造、研究、工程管理、品質管理など、総勢50人以上の社員が関わるようになりました。
鳥嶋--最初にJAXAから提案を受けられたとき、どう受け止められましたか。
小菱--なかなかすぐに「はい、やります」とは言えませんでした。これまで宇宙に商品を供給したことがありませんでしたから。
ただ、JAXAの方から、宇宙飛行士がいかに過酷な環境で働いているかということや、そのために効率的に栄養を取れる宇宙食を必要としているといった事情をお聞きし、「『森永ミルク生活』が役立てるのであれば、ぜひ提供したい」と思い、プロジェクトの立ち上げを決めました。
もちろん、従来から食べられている宇宙食でも栄養面などで問題があるわけではありません。ただ、宇宙に行くと骨のカルシウムが溶け出し、骨量が減ることが知られています。そのため、運動によって骨に荷重刺激を加えることでカルシウムを蓄積する必要がありますが、宇宙飛行士は過密なスケジュールで忙しいため、なかなか時間が取りづらいという問題もあります。そこで、さまざまな栄養素が効率的に摂れる「ミルク生活」のような食品は役に立つと思います。
それにくわえ、長期滞在の際の精神的なストレスを和らげ、宇宙での仕事の効率の維持・向上につながるというメリットもあると考えています。
鳥嶋--「ミルク生活」を宇宙日本食にすることは、森永乳業さんにとってどのような目的やメリットがあったのでしょうか。
小菱--私たちは安全・安心を追求し、お客さまに美味しさと健康を届けることを使命としています。その中で、宇宙日本食に挑戦するということには、安心・安全をアピールするという点で大きな価値があると思っています。とくに、詳しくは後述しますが、専用容器に移し替えた以外、市販品をそのまま宇宙に持っていけるということ、またそのうえでJAXAから宇宙日本食として認証を得られたということは、森永乳業の商品が安心・安全であるということの証になったと思います。
また、単なる食品メーカーではなく、いろいろなことに挑戦できる会社であるということの表れにもなったと思います。
くわえて、弊社が育児用粉ミルクを製造し始めてから、今年でちょうど100周年となることから、その記念という意味合いもありました。