Samsung Electronicsを世界トップクラスの電機メーカーに成長させ、とりわけ半導体事業を無からIntelとまでに並ぶトップ企業に育てあげた李健熙(イ・ゴンヒ)会長が10月25日に死去した。2014年5月に急性心筋梗塞で倒れてから、李健熙氏の長男で同社副会長の李在鎔(イ・ジェヨン)氏がかわりに同社グループトップとして経営にあたってきた。父親は経営指揮や助言ができるような健康状態には回復しなかったため、李在鎔氏はすでに事実上のトップとして数年にわたり指揮を執っているので、父親の死去で経営の混乱は起きない見込みだが、トップの座を引き継いだ李在鎔氏は果たしてSamsungをさらに発展させることができるだろうか?。
10年後、Samsungを代表する製品の大部分は中国が奪い去る
李健熙氏は、かつて巨額脱税などいくつもの経済犯罪で有罪判決を受けたが、2009年末にオリンピック招致のための大統領恩赦で釈放され、翌年Samsung会長職に復帰し、再び経営の陣頭に立った。その際の社員に向けた第一声は「今後10年以内にSamsungを代表する製品の大部分は中国に奪われてしまう。今が本当の危機だ。改めてスタートしなければならない。ためらっている時間はない」という、危機感に満ちたものだった。
李健熙氏は、業績が世界シェアトップの半導体メモリや液晶パネルでも中国の追撃を受けるとの危機感を強める一方、成長の原動力となる新事業発掘・育成に全力を傾けなければならないことを強調した。彼は、数年のブランクののち会長職に復帰してみたら、世の中は激しく変化しているというのに、社員は強い部分をさらに強くしているにすぎず、未来志向ではない旧態依然たる商品構成にいら立っていた。
Samsungは成長の原動力となる新事業育成に注力してきたか?
しかし、Samsungは、その後も半導体メモリやディスプレイや家電などの主力製品に注力し続けシェアを伸ばしてきた。現場の責任者にしてみれば、半年ないしは1年ごとの業績評価や人事考課の重要指標である目先の売上高や利益確保に追われ、業績不振による解雇を恐れているから新事業育成などリスクをとって会社の将来など考えてはいられまい。李健熙会長(当時)が新事業発掘・育成を指示してから10年後に、李在鎔副会長は、やっと次世代通信やバイオ医療など新分野に投資をはじめたが、まだ経営の柱には育ってきていない。
2016年後半~2018年のメモリ価格の異常ともいえる高騰で売りが伸び、濡れ手に粟のような状態でSamsungはますます半導体メモリビジネスにのめり込む結果となった。しかし、李健熙氏の予測通り、あれから10年後の2020年までに中国勢はSamsungの主要製品のシェアを奪うまでに急成長しようとしている。ディスプレイは中国にシェアを奪われ、液晶ディスプレイからは撤退を余儀なくされ、QD-OLEDに望みをかける。次は半導体メモリも中国勢の台頭でシェアをうばわれるのではないかと韓国政府も懸念している。Samsungは新技術開発による「超格差戦略」で中国勢を振り切ろうとしている。韓国政府は非メモリ(システムLSIなど)事業育成に腐心しているが、これらの半導体強化策は成功するのだろうか?。
半導体だけではなく、スマートフォンやテレビなど韓国大手エレクトロニクスメーカーの主力事業に対する中国メーカーの攻勢が一層強まっているので、韓国政府の危機感は強まるばかりだ。韓国政府は、中国当局が韓国企業に対して今後さまざまなけん制を仕掛けてくるのではないかと危惧している。もしも適切な対応ができなければ韓国の主力産業は未曾有の危機に直面する可能性が高まっているとの認識である。
複数の訴訟を抱える李在鎔氏、経営に集中はできるのか?
李在鎔氏は経営権継承に絡み、不正取引行為および相場操縦、業務上背任などの罪で在宅起訴され、2020年10月22日に公判が始まった。また、前大統領の朴槿恵被告と長年の知人、崔順実(チェ・スンシル)被告への贈賄罪などにも問われているが、1月に中断された差し戻し審が2020年10月26日に再開されることになっている。このような複数の訴訟を抱えながらのSamsung経営は重荷であろう。有罪になれば収監されることもありうる。Samsungは、巨額の相続税対策で、きわめて複雑な出資形態のグループ企業の再編を行うとうわさされているが、ここで再び訴訟沙汰になるようでは政府や国民の信用を失うことになりかねない。
李在鎔氏は2020年5月、経営権継承問題や労組問題について自ら国民に向けた謝罪文を発表し、「これ以上、経営権継承問題で論争が起きないようにする」とした上で、「わが子たちには会社の経営権を譲らないつもりだ」と明らかにしている。ただし、本当に同社の同族経営は創業者3代目で終わりを告げるかどうかはまだわからない。
李在鎔氏は、いよいよ日本に出張か?
李在鎔氏はSamsung副会長としてオランダのASML本社にてEUV露光装置の確保交渉を行った後もベトナムへ出張し、ハノイに建設中の研究開発センタを視察後、同国首相と会談するなど、積極的な動きを見せている。ベトナムからの帰国時に金浦空港で待ち構えていた記者団の「ベトナム政府の要求どおり、現地に半導体新規投資をする計画か?」という質問には答えなかったものの、「年内に日本に出張する計画があるか」という問いかけには「まだ何も決まっていないが、一度は行かなければならない」と答えたという。
韓国メディアは、今秋の最初の訪問国は、ビジネスでの入出国規制が緩和されたばかりの日本だと予想していたからこのような質問が出たわけだ。李副会長はおそらく御手洗富士夫 キヤノン代表取締役会長兼社長CEOなど師と仰ぐ日本の経営者と面会し、今後の経営戦略について意見交換あるいはアドバイスを仰ぐのではなかろうか。2019年7月に経済産業省が対韓素材輸出規制を発表した直後にも同氏は文大統領との会合に欠席してまで東京に飛んできて御手洗氏はじめ日本の経営者に面会している。
後見人を失った孤独な創業者の3代目が、不確実な時代にSamsungをさらに発展させられるか経営手腕が問われている。