科学技術振興機構(JST)、静岡大学、名古屋大学(名大)は10月19日、外界の振動だけで発電する「振動発電素子」において、「非晶質シリカ」が負に帯電する微視的な仕組みを解明したと共同で発表した。

同成果は、静岡大学工学部の橋口原教授、東京大学生産技術研究所の年吉洋教授、名大未来材料・システム研究所の白石賢二教授、同・中西徹大学院生、同・長川健太研究員、同・洗平昌晃助教らの研究チームによるもの。詳細は、10月19日にオンラインで開催された「第37回 センサ・マイクロマシンと応用システム シンポジウム」にて発表された。

身の回りに存在するわずかなエネルギーを電力へと変換する「エネルギーハーベスティング」技術が注目されている。特に、IoTや、センサーを大規模にネットワーク化する「トリリオンセンサー」に必要となる、充電不要の自立電源を実現する技術として期待されている。

その中でも、外界の振動を発電に利用する振動発電は、風力発電や太陽光発電のように天候の影響を受けないというメリットも持つ。自動車の走行や人のあることなどによって生じるさまざまな振動を電気エネルギーに変えることができ、電力の自給自足が可能になる。充電不要で、さまざまな機器を動作させることができるようになる。

共同研究チームは、以前に「カリウムイオンエレクトレット」を用いた振動発電素子を開発した。エレクトレットとは「電石」のことで、永久磁石の磁気分極のように、ある種の誘電体において電解をなくしても誘電分極が残留する物質で作られた家電帯だ(磁石のマグネットにならって命名された)。

カリウムイオンエレクトレットは、半永久的に動作が可能であることから、振動発電素子として注目された。しかし、その微視的な仕組みは未解明で、性能向上の指針を得るのが困難な状況だったのである。

カリウムイオンエレクトレットは、非晶質(アモルファス)シリカの中にカリウム原子を導入することで、同シリカが負に帯電するようになる現象を利用している。非晶質シリカは通常、ケイ素原子が4本の共有結合を酸素原子と形成し、正四面体のSiO4構造を取っている。

そこへカリウム原子を導入すると、カリウム原子がケイ素電子へ電子が渡され、ケイ素電子は持っている電子数がひとつ増えて原子番号のひとつ大きいリン原子のように振る舞うようになる。結果として5本の共有結合を酸素原子と形成し、SiO5構造が誕生する。

  • SiO5

    非晶質シリカ中の5配位のケイ素原子が作るSiO5構造。非晶質シリカ中では通常、ケイ素原子(青色)は4本の共有結合を酸素原子(赤色)と形成している。カリウム原子を導入すると、カリウム原子から1個の電子がケイ素原子に渡される。電子を1個もらったケイ素原子(緑色)は原子番号のひとつ大きいリン原子のように振る舞うようになり、5本の共有結合を酸素原子と形成して5配位のSiO5構造となるのである。この構造が負電荷を蓄積する機能を持つ (出所:共同プレスリリースPDF)

SiO5構造はリン系の分子として代表的な五塩化リン(PCl5)ととても似ているのが特徴だ。そこで共同研究チームは量子力学に基づく計算を実施。同構造が、負電荷を蓄積する機能を持つことを発見するに至ったのである。

カリウムイオンエレクトレットの負電荷蓄積の起源であるSiO5構造は、結合のとても強いことで知られるSi-Oの共有結合5本で構成されるため、電圧などを加えても崩れない強さを持つ。そのため、カリウムイオンエレクトレットは半永久的に負電荷を蓄積でき、これを用いた振動発電素子は長寿命となるという。

コンピュータシミュレーション上では、5000Kという高温でケイ素と酸素から構成される液体を仮想的に作ったあと、それを室温まで冷却することによって仮想の非晶質シリカを作製。今回の研究では、これまで行われてきた研究よりも冷却速度を数倍遅くし、実際の実験により近い条件でシミュレーションが行われた。なお、このシミュレーションはスーパーコンピュータ「富岳」が用いられた。

今回の研究によってカリウムイオンエレクトレットを用いた振動発電素子の微視的な仕組みが明らかになったことから、性能向上への設計指針が明確となった。振動発電素子の実用化、量産化への道が開けるという。IoTやトリリオンセンサーの実現にも大きく寄与することが期待されるとした。