東京工業大学(東工大)、上智大学、東北大学金属材料研究所(IMR)、大阪府立大学の4者は10月7日、毒性元素である鉛を含まない圧電体である「ニオブ酸カリウムナトリウム」((K,Na)NbO3)の膜を、水熱法により従来の600℃よりも遥かに低い240℃で作製することに成功したと発表した。

同成果は、東工大物質理工学院材料系の舟窪浩教授(元素戦略研究センター兼任)、同・舘山明紀大学院生(博士後期課程2年)、同・伊東良晴博士研究員、東工大工学院電気電子系の黒澤実准教授、同・折野裕一郎研究員、物質・材料研究機構機能性材料研究拠点の独立研究者の清水荘雄博士、上智大の内田寛教授、東北大学IMRの今野豊彦教授、同・木口賢紀准教授、同・白石貴久博士、大阪府立大の吉村武准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

圧電体とは、力を加えると「正圧電効果」により電気が発生する。そして逆に電気を加えると、「逆圧電効果」により力が発生する。この仕組みを利用することで、圧電体は機械的エネルギーと電気的エネルギーの間を橋渡しすることができるのだ。圧電体はこのような特性から圧力センサや加速度センサなどに応用され、また周囲の振動を利用して発電する「エナジーハーベスタ」(振動発電機)などの実用化に向けた開発が進められている。

これまでの圧電体では、十分な性能を引き出すため、絶縁体に高電圧を印加する「分極処理」が不可欠だった。分極処理とは、製造したデバイスに高電圧を加えることで、圧電体内部に存在するプラスとマイナスの方向(分極)をそろえることで、製造過程の仕上げとなる処理のことだ。

しかしこの処理には、高電圧の印加に伴う電気的な破壊、いわゆる絶縁破壊が指摘されている。圧電体の面積が広くなるほど、絶縁破壊の数も増えるため、大面積化が求められる発電応用では特に解決すべき課題だ。

また振動発電などでは、圧電体が大きくたわむほど発電される電力が大きくなる。つまり、金属板のようなしなやかな基材上に膜形状で作成することが、有利になると考えられている。そして、膜厚が厚いほど出力電力が大きくなり、整流時の損失を低減することが可能だ。しかし、これまでの作製方法では600℃以上の高温のプロセスを必要とし、そのために大きな課題を抱えていた。冷却する際の膜と基材の縮み方の違いにより、膜が厚いと膜表面にクラック(ひび割れ)が発生してしまっていたのである。

このような背景のもと、共同研究チームは今回、圧電体の一種であるニオブ酸カリウムナトリウムの膜を、高圧鍋を用いる水熱法により、従来の半分以下の240℃という低温で作製することに成功した。

ニオブ酸カリウムナトリウムの膜の大きな特徴は、作製時点ですでにプラスとマイナスの方向がそろっていること。つまり、従来は必要だった高電圧を加える分極処理が不要であり、絶縁破壊の問題を解決することに成功した。これで大面積化を容易に行えることがわかったのである。

さらに240℃という低温で作製することから、膜厚を最大で22μmまで厚くしてもクラックが発生しないことも確認された。600℃で作製した場合、膜厚7μmの薄さでも表面に多くのクラックが観察されるほどであり、その3倍の厚さでもクラックの発生という大きな課題をクリアすることに成功したのである。

  • 圧電体膜

    作製された膜の表面の光学顕微鏡画像。(左)今回作製された、膜厚22μmのニオブ酸カリウムナトリウム膜。(右)従来の600℃で熱処理された膜厚7μmのもの。これだけ薄くしても表面には多くのクラックが発生してしまう (出所:東北大IMRプレスリリースPDF)

そして、ニオブ酸カリウムナトリウムの膜の「圧電定数」(圧電体膜の評価に用いられる値)が調べられたところ、ニオブ酸カリウムナトリウムでの従来の報告値とほぼ同じ値が得られたという。さらに膜厚を最大22μmまで厚くしても安定していることが確かめられた。

それに加え、今回作製されたニオブ酸カリウムナトリウムの膜は、高い圧電特性と低い誘電率を同時に有することから、センサの性能を評価するのに広く使われる「センサ性能定数(g31)」は、酸化物材料の圧電体で最高値となる0.073Vm/Nという高い値を示すことが確認された。この値は、窒化物材料では世界最高値であるSc置換窒化アルミニウム(AlN)に匹敵する値だ。

  • 圧電体膜

    (左)圧電定数の膜厚による変化。240℃で作製したままの膜は、膜厚22μmまで安定した圧電特性が得られることが確認された。一方、従来の600℃で熱処理したものは、クラックのせいで膜厚が7μmで早くも圧電特性が観測されなくなってしまう。(右)今回の研究でのセンサ性能定数(g31)とこれまでの報告値の比較 (出所:東北大IMRプレスリリースPDF)

ちなみにSc置換AlNは誘電率が低いという課題があり、ノイズレベルが高くなってしまうためにセンサ回路の設計が困難だった。それに対してニオブ酸カリウムナトリウムは、Sc置換AlNの10倍程度の誘電率を有する。センサ回路設計での課題は、ほぼ存在しなくなると考えられるとしている。このことから、今回の研究においては、回路まで含めて考えた場合、圧電体中で実質的に最も高いセンサ性能が得られたとした。

今回の成果から共同研究チームは水熱法により作製したニオブ酸カリウムナトリウム膜に対し、「大面積および複雑形状への設置」、「自立型センサとしての応用」の2点の波及効果を期待できるとする。

まずひとつ目のうちの大面積化については、絶縁破壊の課題があるため、これまで不可能と考えられてきた。そのために小型の圧電体を多数設置することが検討されてきたが、それだと今度は費用が増大してしまう。しかしニオブ酸カリウムナトリウムなら、大面積の圧電体を安価に生産することが可能だ。また今回の方法なら、複雑な形状の膜を形成することも容易なため、従来は平面に限られていたが、複雑な3次元的形状にも適用できるとしている。

ふたつ目の「自立型センサとしての応用」については、今後のIoT社会の実現に関係してくる話だ。IoT社会ではあらゆる場所に無数のセンサを設置することで、安全・安心な社会基盤を構築することが期待されている。それには、“いつでも・どこでも・どのような状況でも”稼働するセンサの実現が不可欠だ。そのために必要となるのが、自身で発電可能な自立型センサである。圧電体は力を利用したセンシングと発電が可能であり、中でもニオブ酸カリウムナトリウム膜は鉛を含まないことから環境にも優しいなど、自立型センサへの応用を期待できるとしている。