"S"に込められたさらなる意味
さらにイプシロンSのSには、シナジー以外にも、「即応性(Speed)」、「高性能(Smart)」、「競争力(Superior)」、そして「打ち上げ輸送サービス(Service)」といった意味も込められている。これらは強化型までの開発でつちかわれたものもあれば、イプシロンSで実現するものもある。
「即応性」では、すでに強化型までの開発で、発射管制や点検を極力省力化することで、コンパクトな打ち上げ運用を実現。将来的には、世界中のどこにいてもネットワークにノートパソコンを接続するだけでロケットの管制が可能な、射場に依存しない"究極の管制システム"を目指すとしている。
さらにイプシロンSでは、打ち上げやその準備作業にかかわるさまざまな時間も短くなり、世界トップレベルの数値を目指すという。たとえば、3か月に2機以上の打ち上げが可能な運用体制を目指すとともに、契約から打ち上げまでの期間を12か月以内に、また衛星受領から打ち上げまでの期間を10日以内に、そしてレイトアクセスと呼ばれる、打ち上げ前の搭載衛星へのアクセスについては、打ち上げ3時間前まで対応可能にするという。
「高性能」という点では、前述のように打ち上げシステムの革新が図られ、打ち上げ能力も向上。それに加え、軌道投入精度は高度誤差±15km以下、軌道傾斜角誤差を±0.15度以下に向上させるとしている。
さらに、複数の衛星を一度に搭載して打ち上げることを可能にする拡張性を確保。ロケットが衛星に与える音響・振動・衝撃といった環境も、世界トップレベルに抑えるという。
こうした即応性や高性能とともに、打ち上げ価格も世界の小型衛星打ち上げ市場で競争可能な価格帯にすることで、「競争力」も獲得するとしている。目標金額は30億円以下と伝えられる。
そしてIAは、こうした特長を活かした「打ち上げ輸送サービス」を展開し、今後需要の拡大が予測される小型・超小型衛星の打ち上げ市場へ本格参入することを目指すとしている。
イプシロンSは小型・超小型衛星の打ち上げ市場で勝てるか
ただ、小型・超小型衛星の打ち上げ市場において、イプシロンSが勝てるロケットになるかはまだ未知数である。
小型・超小型衛星の打ち上げ市場は、百花繚乱の様相を呈している。そして、小型・超小型衛星の打ち上げ手段には、じつにさまざまな種類があり、予想を難しくしている。
たとえばイプシロンSのような、太陽同期軌道に数百kgの打ち上げ能力をもついわゆる小型ロケットは、小型衛星を1機から数機、あるいは超小型衛星を数十機打ち上げることができる。この分野では、欧州アリアンスペースの「ヴェガ」や、インドの「PSLV」などがライバルとして存在する。
また、小型衛星を1機、超小型衛星を数機単位で打ち上げることを目的とした、小型ロケットよりもさらに小さなマイクロ・ローンチャー(超小型ロケット)も存在する。この分野では米国ロケット・ラボが、「エレクトロン」ロケットを市場に投入し、実績や信頼性の点で一歩抜きん出ている。また、数社が打ち上げを間近に控え、さらに世界中で100社近い企業が開発に挑んでおり、IAが出資する「スペースワン」も、このクラスのロケットの開発を行っている。
さらに、スペースXの「ファルコン9」や、アリアンスペースの次世代機「アリアン6」といった、大型衛星を打ち上げることを目的とした大型ロケットも、小型衛星を数機~数十機単位で一度に打ち上げたり、大型衛星の打ち上げに相乗りさせる形で打ち上げ機会を提供したりといった形で、この市場に参入している。
これらにはそれぞれ一長一短がある。たとえばエレクトロンのようなロケットは、衛星を1機~数機単位で打ち上げるため、打ち上げ時期や軌道を自由に選べるものの、打ち上げ価格は比較的高い。一方、ファルコン9のような打ち上げ方式は、衛星1機あたりの価格は安くなるものの、時期や軌道の自由度では劣る。
また、数十機から数万機の小型衛星を同一軌道に投入して、地球観測や宇宙インターネットなどのサービスを展開する、いわゆるコンステレーションの衛星打ち上げには、大型ロケットで一気に打ち上げることが向いている。一方で、小規模なコンステレーションであれば、イプシロンSのようなロケットで打ち上げたほうが都合がいい場合もあり、またコンステレーションの中の1機を代替するような場合は、マイクロ・ローンチャーによる打ち上げが適している。
したがって、どれかが市場で支配的になるとは考えにくく、どのカテゴリーでも数種類のロケットが市場を支配するとともに、似た性能のロケットの間はもちろん、他のロケットとの間でも競争が起こることになると考えられる。その中で、なんらかの強みのないロケットは淘汰されることになろう。
イプシロンSに目を向けると、直接的にライバルになりうるヴェガは信頼性で勝っており、PSLVは価格面で優れている。また、ロケットのカタログスペックには表れにくいが、射場の設備環境や顧客のホスピタリティといった点も重要であり、老朽化の進む内之浦宇宙空間観測所は、現状ではヴェガなどに劣る。
日本はペンシル・ロケット以来、60年以上にわたって固体ロケットの技術を磨き、築き上げてきた。しかし、これまでのミュー・ロケットは研究材料、実験機器として開発、運用されており、商業ロケットはイプシロンが初めてという、日本のロケットの歴史における大きな転換点を迎えようとしている。
そこにおいて、ロケットそのものだけでなく、生産・運用の体制や構造といった周辺をとりまく環境も、商業ロケットとして戦えるように転換できるかどうかに、イプシロンSの成否がかかっているのではないだろうか。
参考文献
・JAXA | 「イプシロンSロケットの開発及び打上げ輸送サービス事業の実施に関する基本協定」の締結について
・JAXA | ベトナム向け地球観測衛星「LOTUSat-1」のイプシロンロケットによる打上げ受託について
・国際競争力強化に向けた「イプシロンSロケット」の基本協定を締結 ~IHIエアロスペース,衛星打上げビジネスへ参入~|航空・宇宙・防衛|2020年度|ニュース|株式会社IHI
・資料36-2 イプシロンロケット H3ロケットとのシナジー対応開発の検討状況 - 1388108_2.pdf
・JAXA|未来を拓くイプシロン