イントロダクションとインサイト

ビルが医師の治療や患者の回復を助ける

コンサルティンググループのDeloitte[1]によれば、2030年には世界の65歳以上の全人口の60%以上がアジアに集中するそうです。さらに2042年になると、アジア地域の65歳以上の人口は欧州と北米の総人口を上回るほどに膨らみ、ヘルスケアサービスの需要はさらに高まると見られています。

ヘルスケア業界はこうした高齢化に伴うヘルスケアニーズの変化に対応しようとしています。医療の中心は急性期医療から、予防、診断、コンサルティング、介護、リハビリ、健康管理などの専門領域を統合したケアを含む、一貫してより管理の行き届いた慢性疾患ケアを提供できる統合システムへとシフトしています。

これは病院にとって、"スマートな"戦略を採用して経営効率やコストを改善することを意味します。しかし、スマートホスピタルの構築に向けて歩み出す際に、病院管理者は以下のような問題を考慮する必要があります。

  • 患者が本当に必要としているのは何か?
  • 医師や看護師がより良く任務を遂行できるようにするために役立つものは何か?
  • どうすればプロセスを最適化できるのか?
  • 病院の多様なシステムを統合し通信させることができるか?

このレポートは、スマートホスピタルに関する議論を進めるために役立つフレームワークを提供することを目的とし、スマートホスピタルを持続可能で拡張可能なものにするための課題と、取るべき戦略についてご紹介します。

インサイト

ヘルスケア業界に関するジョンソンコントロールズの最新の調査によって、ユーザーエクスペリエンスに関する5つの傾向が明らかになりました。これらをさらに分析し、スマートホスピタルの構築を妨げる要因を探る必要があります。

インサイト1: 現在の病院における"スマート"体験の満足度は低い

現在の病院での"スマート"体験については、さまざまなユーザーグループ間で満足度に大きな差がありました。満足度が最も高いのが医師/看護師で、これは病院内でさまざまなIT化が進み、医療スタッフの効率が劇的に改善されたことが反映されたことが要因と考えられます。しかし、オンライン/セルフサービスでの診察受付や順番管理などのシステムが導入されたにもかかわらず、患者は最も低い満足度を示しており、患者が求める医療プロセスとは、1つのサービスや機能の体験ではなく、総合的な体験であるということが改めて示されました。

スマートホスピタルがどのようなニーズを満たすことができるのかについては、病院の利用者の間で認識が一致しているとは言えません。例えば、患者グループも医師/看護師グループも、医療/職場体験の質を高めるための快適な環境の必要性を強く示しているものの、そうしたニーズがスマートホスピタルによって確実に満たされると考えている人の割合は、いずれのグループでも10%をやや超える程度です。エンドユーザーはほとんどの場合、現行のアプリケーション/テクノロジーに対する期待に留まっており、そもそもスマートホスピタルが最終的にどのようにユーザーのニーズに応え、どのような問題を解決してくれるのかという理解が欠けています。

インサイト2:スマートホスピタルの機能としてフロントエンドのテクノロジーがより重視されている

スマートホスピタルの機能として圧倒的に重視されているのが、患者に関連したテクノロジーです。病院管理者、医師/看護師、患者のいずれのグループでも75%近くが、スマートホスピタルで最も重要な機能は、患者が直接関わることになるフロントエンドのアプリケーションやサービス(オンライン受付、診断サービス、患者ケアや治療など)だと確信しています。さらに詳しく分析してみると、病院管理者が運営効率の改善を重視する一方で、施設管理者はビルオートメーションをより重視しており、医師/看護師は患者管理や院内ナビゲーションシステムといったサービスの効率化に重きを置いていることが分かります。インフラやプロセス、データなど安定したバックエンドの統合プラットフォームのサポートがなければ、そうしたフロントエンドのアプリケーションは孤立し、分断されて信頼性を失います。反対に、フロントエンドのアプリケーションばかりに気を取られてバックエンドのプラットフォームがおろそかになってしまうと、スマートホスピタルはたちまち問題に直面することになり、そうした問題は時が経つにつれて深刻化していくでしょう。

インサイト3: 認識と実際のニーズとのギャップ

スマートホスピタルは、医療スタッフや患者のニーズを正確に把握したうえで構築されなければなりません。しかし実際には、必ずしもそうとは限りません。調査結果からは、病院管理者が認識する患者や医師/看護師のニーズと、そうしたグループが実際に挙げたニーズとに食い違いがあることが明らかになっています。

例えば、病院管理者は、医師/看護師が全般的に重視している環境の快適性や秩序はそれほど重要とは考えていません。このような認識と実際のニーズとのギャップが、結果として患者や医師、看護師といった利用者の真のニーズに応えるための投資を不十分なものにしてしまう可能性があります。

  • スマートホスピタル

    図1-1 病院管理者が考えるニーズと医師/看護師が実際に挙げたニーズとの比較

インサイト4: 病院利用者や院内のエリアによって異なるニーズ

病院内にあるさまざまなスペースでのニーズはユーザーグループごとに大幅に異なるためエリアごとの改善優先項目も異なってきます。

外来エリアと病棟エリアは患者にとって病院と接する主要タッチポイントです。患者にとって、外来エリアで最も重要な改善点は待ち時間と秩序であり、病棟エリアでは環境の快適性や対応速度が最も重要な項目として挙げられています。

外来エリアや手術エリアに加えて、臨床エリアや手術エリアは医療スタッフが頻繁に使用するエリアでもあります。通常、外来エリアや臨床エリアには大勢の人が出入りするため、医療スタッフはこのエリアで改善が必要な項目として秩序、環境の快適性、安全性を上位に挙げています。

  • スマートホスピタル

    図1-2 病院管理者の考えるニーズと患者からの実際のフィードバックとの比較

病棟や手術関連のエリアでは特化した医療サービスが提供されるため、医師/看護師は、インテリジェントケアなどを通じた効率や信頼性の向上が必要であることを示唆しており、機器類の性能保証も最も改善が必要な項目の1つとして挙げられています。

  • スマートホスピタル

    図1-3 医師/看護師が挙げる病院内のエリア別ニーズ 上位3項目

インサイト5:トップレベルの設計とシステムの不適合がスマートホスピタル構築の障害に

スマートホスピタルとは何か(コンセプト)、それをどのように構築し(システム)、評価するのか(基準)についての見解の相違は、スマートホスピタル開発を進める地域における課題の1つです。統一した基準がなければ、総合的なトップレベルの設計をすることは困難です。中には無理やり断片的な投資を進めて個別エリアごとにインテリジェントシステムを構築し、結果的に一体感のない計画になってしまうケースもあります。さらに、IT/インテリジェント技術の中には完全な相互稼動性が確保されていないものも多く、アップグレードや修復のたびに、全く新しいシステムをゼロから構築する必要が生じる可能性もあります。

アジアでスマートホスピタルの導入を推進するカギは、こうした問題に効果的に対処できるソリューションを見つけることにあります。

今回の調査で明らかになったことは、効果的なスマートホスピタルが構築できる万能のソリューションなど存在しないということです。ユーザーグループが異なれば、ニーズもさまざまに異なることを考慮しなければなりません。同じく重要なことは、病院内の機能に応じたエリア計画を立て、カスタマイズを行って、異なるグループの要求に応えることです。こうしたことを踏まえ、すべてを考慮することによって、患者、医師、看護師の体験全体を改善することができます。