京都大学と産業技術総合研究所(産総研)は、人工的に合成したリン(P)ドープn型ダイヤモンドを用いて、ダイヤモンドの結晶中のCの一部をNに置換して、隣接する位置に空孔を作ったダイヤモンド窒素-空孔中心(NV中心)の室温時における世界最長クラスのスピンコヒーレンス時間(T2)ならびに、単一NV中心を用いた量子センサでの世界最高クラスとなる磁場感度の実現に成功したことを発表した。

同成果は、京大化学研究所の水落憲和 教授、E.D.Herbschleb特定研究員、産総研の加藤宙光 主任研究員らの研究グループによるもの。詳細は、8月28日付の英国の国際学術誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された

NV中心は、電子1個を捕獲して負に帯電した際に単一のスピンを観測できるほか、室温でも量子状態を保つことができることから、磁場、電場、温度、圧力などにおける量子センサとしての活用が期待されていたり、ナノメートルオーダーの空間分解能が実現できることから、細胞内計測やたんぱく質物質の構造解析などへの応用も期待されるようになっている。中でも、T2は、量子重ね合わせ時間を保持する時間を表し、それが長くなるほど、感度が良くなることから、重要な特性として考えられており、改善に向けた研究が進められてきた。

NV中心の研究に用いられるダイヤモンド試料の多くは、主に不純物を意図的にドープしない絶縁体が用いられてきたが、研究グループでは、産総研がCVD技術を活用して作製した高品質なリンドープn型ダイヤモンド中の単一NV中心を用いて、電荷状態安定性の研究を進めてきており、その中で、あるリン濃度の試料において、世界最長クラスの長いT2を有するNV中心が存在することを突き止めたという。

リンは電子スピンを有する常磁性不純物であり、磁気ノイズ源となるため、リンのドープはT2を短くしてしまうと考えられていたが、今回の結果は、それを覆すものとなったと研究グループでは説明する。

さらに、リンの濃度を変えた試料を作成し、測定したところ、リン濃度が1016/cm3程度において、室温における従来のT2の最長記録1.8ミリ秒に対し、2.4ミリ秒と、さらに長い時間を達成できることを確認したほか、T2最長の単一NV中心における交流磁場感度を見積もったところ、世界最高クラスとなる9nT/√Hzであるという結論も得たとする。また、直流磁場センサにとって重要となる自由誘導減衰時間についても、これまでの最長0.47ミリ秒から、1.5ミリ秒に伸ばせることを実証したという。研究グループでは、最適なリン濃度に近い4個の試料を用いた測定結果でも、それぞれ2ミリ秒以上のNV中心が多数観測されたとしており、再現性も確認済みとする。

研究グループでは、ノイズの精密測定を行ったところ、ノイズ源がリン以外の不純物⽋陥の電⼦スピンであることを示唆する結果を得たとしており、リンドープn型によるT2長時間化は、合成中に生じた空孔欠陥が電荷を帯び、磁気ノイズ源となる複合欠陥の生成が抑制されたためと考えられると説明している。

なお、研究グループでは、センサ感度の向上手法として、一度に計測するNV中心の数を増やすことも有効としている。空間分解能が低下するというデメリットがあるともしているが、今回の合成法で多数のNV中心を一度に計測できる試料を合成することで、感度の向上が期待できるようになるとしており、これにより空間分解能がミリメートルレベルで問題がない応用で、高い感度が要求されるMRIや心磁計、脳磁計などへの適用も今後、期待できるようになるとしている。また、n型半導体特性を生かせることが分かったことから、そうした電子デバイス素子を用いた幅広い応用への道が開けたともコメントしている。

  • NV中心

    (a)はダイヤモンドNV中心の構造のイメージ、(b)はハーンエコー信号の測定結果。NV中心は電子スピンを有しており、0と1の重ね合わせ状態が1/eの大きさ(およそ0.37)に小さくなるまでの時間がコヒーレンス時間T2となる (出所:産総研Webサイト)