岡山大学は10月23日、東京大学、米カリフォルニア大学との共同研究により、超新星爆発起源ニュートリノの検出率を上げるための予備実験装置である200トンの容量の「ガドリニウム水チェレンコフ検出器」(画像1)を開発し、岐阜県の神岡地下施設内に設置したことを発表した。

成果は、岡山大・素粒子研究室、同・宇宙物理研究室が、東大 宇宙線研究所、東大 カブリ数物連携宇宙機構らの研究者による共同研究チームによるもの。今回の検出器の完成や今後の展開などに関しては、9月20~23日に高知大学で開催された日本物理学会などで発表が行われた。

画像1。ガドリニウム水チェレンコフ検出器

宇宙が始まって以来、138億年の間に京単位(1016)の星が超新星爆発を起こしたと考えられている。その際に放出されたニュートリノの探索はこれまでもなされてきたが、今のところ1987年に地球から16万光離れた大マゼラン星雲で起きた超新星爆発「1987A」からの11個のニュートリノを「スーパーカミオカンデ」実験の前身の「カミオカンデ」実験でとらえたのみだ(ただし、これがニュートリノ天文学の先駆けとなり、またその功績によってカミオカンデ計画の責任者の小柴昌俊博士は2002年ノーベル物理学賞を受賞した)。

なぜ検出ができないのかというと、よく"幽霊粒子"と例えられるが、ニュートリノがほかの物質との相互作用をほとんど起こすさないためだ(ゼロではない)。地球程度のサイズの惑星ぐらい簡単に何事もなかったように通過してしまうので、検出が非常に困難なのである。

ただし、希にだが物質と反応を起こすことがあり、そこでほかの素粒子では到達できない地下深くに建設することで、唯一通過してくるであろうニュートリノと水分子の衝突をとらえようとしたのが、水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置のカミオカンデであり、その後継のスーパーカミオカンデ、またスーパーカミオカンデとは異なる方式を用いた実験施設の「カムランド」というわけだ。これらはみな、岐阜県神岡鉱山跡の地下に建設されている。

スーパーカミオカンデは、直径39.3m×高さ41.4mという巨大な円筒形のタンクだ。その中に、5万トンの超純水が満たされている。超純水とは、鉄分だの有機物だのが入っている水道水やミネラルウォーターなどの一般的な水とは異なり、まったく混じりけのない、純粋にH2O分子のみで構成されているのに近い液体である(不純物が完全なゼロとまではいかないが、極限まで減らされている)。

スーパーカミオカンデのタンクの壁面には約1万2000本の光電子増倍管が設置されており、ニュートリノと水分子の電子や原子核などと衝突すると微弱な「チェレンコフ光」が発生するので、それを高感度光センサである光電子増倍管が観測するという仕組みだ。直接の観測はニュートリノがセンサの類をほぼ100%すり抜けてしまって検出できないので、間接的に検出するのである。

なおチェレンコフ光とは、水中では光の速度が真空中の約75%まで速度が落ちるので、衝突によって発生した素粒子などが水中で遅くなった光の速度を追い越した際に発生する"光の衝撃波"のようなものだ(真空中における光の速度の秒速約30万kmは越えられないが、水中で約22万5000kmまで遅くなった光の速度なら追い越すことは可能)。

スーパーカミオカンデにおける感度は理論予想値に迫っており、発見に向けてさらなる改良として提案されているのが、純水中に原子番号64の「ガドリニウム」を溶かすことである。これにより、時間差のある2つの信号をとらえることができ、反ニュートリノを効率よく検出することが可能になるという。反ニュートリノは超新星ニュートリノの大部分を占めており、それを効率よくとらえることが可能になる結果、大気ニュートリノなどほかのニュートリノと容易に区別できることが期待されているのである(画像2)。

画像2。ガドリニウム水チェレンコフ検出器の原理

その予備実験装置として開発され、この夏に神岡の地下施設内に設置されたのが、今回の200トンのガドリニウム水チェレンコフ検出器というわけだ。同検出器は直径6.5m×高さ6.2mの円柱形の水タンクで、内壁にはスーパーカミオカンデで使われているのと同じ高感度の光電子倍増管240本が設置されており、いわばスーパーカミオカンデのミニチュア版という形だ(センサの取り付けは、岡山大の研究者や大学院生が中心となり、東大、カリフォルニア大などと協力してこの夏に1カ月かけて行われた)。

今回のガドリニウム水チェレンコフ検出器の目的は、主に2点。1つは前述したように、スーパーカミオカンデによる超新星爆発由来のニュートリノを検出するための感度をアップさせるための予備実験装置としての役割だ。もう1つは、オリオン座のα星「ベテルギウス」など極近傍の大質量星における超新星爆発からのニュートリノを検出することだ。それにより、宇宙が始まって以降の星形成や、超新星爆発のメカニズム解明を目指しているのである。

なお捕捉すると、ベテルギウスはオリオン座の右肩にある0等星(冬の大三角を構成する非常に明るいややオレンジっぽい1つで、東京の空でも見える星の1つ)で、地球からの距離は約640光年にある、赤色超巨星(脈動変光星)だ。太陽質量の約20倍、半径は約7億kmと太陽の約100倍になる。太陽系に持ってきたとしたら、木星軌道に届くほどの大きさであり、その巨大さ故、太陽以外では唯一面積のある形としてハッブル宇宙望遠鏡などにより直接撮影されているほどだ。

実際にはまだ超新星爆発を起こしたわけではないのだが、一部が異様に膨らんでいたり、ガスの放出が確認されたりするなど、「いつ爆発してもおかしくない」状態として、ここ数年、研究者やアマチュア天文家によって注目されている天体である。実際のところは、残り寿命が「100万年を切った」という大ざっぱにしかわかっていないため、超新星爆発が見られるのは明日かも知れないし、100万年後かも知れないという具合だ。

ただし、もしベテルギウスが超新星爆発を起こしたとすると、銀河系内では1604年の「ケプラーの星」以来となり、歴史上判明している超新星爆発の中では1桁も2桁も違う近距離での爆発となる。よって、地球に影響が及ぶのではないかと懸念される向きもあるほどだが、それ故、もし超新星爆発を起こした場合はニュートリノも数多く検出できると考えられているというわけだ。

そしてガドリニウム水チェレンコフ検出器はすでに稼働しており、宇宙線の取得にも成功しており(画像3)、今後は徐々にガドリニウムを溶かし、できるだけ早く本格稼働をさせる予定としている。

画像3。ガドリニウム水チェレンコフ検出器でとらえた宇宙線の信号