慶應義塾大学(慶応大)は9月27日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業技術研究助成事業の一環として、書道の達人の動作情報から細やかな力加減を抽出・保存し、ロボットにより忠実に再現する「モーションコピーシステム」(画像1)の開発に成功したことを発表した。

成果は、同大理工学部の桂誠一郎准教授らの研究グループによるもの。10月2日から6日まで幕張メッセで開催される最先端IT・エレクトロニクス総合展「CEATEC JAPAN2012」にて、10月2日(火)~5日(金)の4日間、実機デモンストレーションを行う予定だ。

画像1。「モーションコピーシステム」実験装置で文字を書く書道家の佐渡壽峰氏

人間の感覚情報のうち、視覚・聴覚情報の保存・再生は携帯電話・テレビ・CDやDVDなどの通信・放送機器などで広く実用化されている。しかしながら触覚・力覚情報については、五感の中で唯一、双方向性を有する感覚情報であるため、情報の保存・再生が困難だった。

そうした中、今回開発されたモーションコピーシステムは、モータ・アクチュエータを利用することで、双方向性を持つ触覚・力覚情報を抽出・再現することを可能にしている点が大きな特徴だ。モーションコピーシステムは動作を保存するための「モーション保存システム」と再現するための「モーション再現システム」の2つのプロセスによって構成されている(画像2)。

画像2。「モーションコピーシステム」の概念図

まず動作の保存プロセスは「録触」に相当するもので、操作者にアクチュエータの「マスタシステム」を装着して動作における動きと力加減をデジタル情報として抽出し、操作者の動作を代行するアクチュエータの「スレーブシステム」によって再現させることで、実世界における作用力と反作用力を分離して抽出することが可能になる仕組みだ。

1度抽出した動作はデジタル情報として保存されるので、「いつでも・どこでも」ユビキタスに再現することができる。再現プロセスでは、スレーブシステムのみを使用して動きと力加減を再現する形だ。同技術では、加速度制御に基づいて動作を再現するため、双対性の関係がある動きと力加減の双方を忠実に再現することに成功した。

今回、画像3に示すように筆の動き全体を抽出するための実験装置を新たに開発し、筆記動作の保存を実施。筆の軸の部分(筆管)と毛の部分をそれぞれモータに接続し、動作の位置情報・力情報を電気信号へと変換する。また保存された動作はモータにより「いつでも・どこでも」再現することが可能だ。

マスタシステムとスレーブシステムを近接して設置することで、操作者はあたかも1本の筆を操っているかのように感じ、普通の筆を扱う感覚で文字を書くことができるのである。

画像3。書道動作の再現を行うための「モーションコピーシステム」の構成図

書道家の佐渡壽峰氏の協力の下、モーションコピーシステムによる書道動作の再現の検証が行われた。保存された筆の動き・筆圧と同じ出力になるようにモータを制御することで、達人の匠の筆使いが正確に再現される。

佐渡氏により書かれた文字の例が画像4で、それをモーションコピーシステムにより再現した文字が画像5だ。書かれた文字は草書体の「花」という文字である。

画像4。佐渡氏によって書かれた、草書体の「花」という文字

画像5。画像5モーションコピーシステムによって再現された文字

今回の実験で、佐渡氏によって書かれた文字をモーションコピーシステムによって高い精度で再現可能であることが明らかになった。モーションコピーシステムを使用することで、どのような文字でも再現が可能である。

従来のロボット制御に用いるサーボシステムでは位置情報だけの保存・再現にとどまっていたが、モーションコピーシステムにより達人の繊細な力加減も同時に保存・再現することが可能だ。画像6と画像7は、保存した動き(位置)と筆圧(力加減)のデータのグラフである。

画像6。保存した動き(位置)のデータ

画像7。保存した筆圧(力加減)の情報

保存時にはマスタシステムの位置とスレーブシステムの動き(位置)は一致しており、かつ筆圧(力加減)が常に逆向きの波形となっており、マスタシステムとスレーブシステムの間で「作用・反作用の法則」が人工的に実現されている。このようなシステム構成を取ることで、動きと力加減を同時に抽出することが可能になる。

モーションコピーシステムは従来のモーションキャプチャなどとは異なり、「力の入れ加減」や、「ものに触れた時の感覚」も記録、再現できるのが特徴だ。さらに、インターネットなどを利用して遠隔地間で情報をやり取りすることで、スキルのトレーニングに応用することも可能である。

特に、力加減は他者に伝えることが困難だったために、熟練技能の習得には長時間の修業が必要だった。モーションコピーシステムのスキルトレーニングへの応用により、これまで「勘と経験」に頼っていた熟練技能の伝承を効率よく達成できるものと期待される(画像8)。

画像8。モーションコピーシステムのスキルトレーニングへの応用例。習字のトレーニング

スキルトレーニングでは、トレーナ(熟練者)の動作をアクチュエータにより電気信号として抽出しておき、遠隔地にいる複数のトレーニ(訓練者)に装着したアクチュエータを用いて動作を再現させることで、まるで各トレーニに対し、あたかもトレーナによって手取り足取り直接指導されているような効果をもたらすことができる。さらに、トレーニングの定量評価や修得までの過程を記録することも可能だ。

モーションコピーシステム技術により、これまでの音声・映像と同様に物理的な力を新たなマルチメディア情報として取り扱うことが可能になるという。今後、同技術をもとに離れた人と人をネットワークを通じて結ぶだけでなく、時間を越えて人と人が触れ合うような新しい情報共有形態の実現が期待されると、桂准教授らはコメントしている。