仕組みを作っても「流すコンテンツ」がなければ意味なし
日本民間放送連盟(民放連)で著作権業務などを担当した経歴を持つ立教大学の砂川氏は、「悪者探しでは何も解決しない」と主張。「デジタルコンテンツ流通が進まない理由を、著作権や放送局のせいにすることで議論が止まってしまっている。現実には解決策があり、話を前に進めていけば必ず解決できる」と述べた。
また、「流通だけを考えればいいという考えもおかしい」とし、「NTTなどが一生懸命になってコンテンツを流す仕組みを考えても、『流すコンテンツがない』という状況が生まれているのではないか。流通だけ考えるのではなく、文化的な創造がなければ意味がない」と述べた。その上で、「既存のコンテンツの二次利用だけ考えるのではなく、新しい創造こそ必要」と話した。
さらに、「だからと言って放送事業者が今のままでいいとは言っていない。権利者、受信機メーカー、ネット業界など、多くの分野と広い付き合いがある放送局だからこそ、期待される役割も大きい。放送番組にバーコードのようなものを付けてのIDにするなど、多メディア展開を前提とした試みがあっていいのではないか」と持論を展開した。
「何でもいいから流通させろ」というのは時代遅れ
権利者でもあり、コンテンツ制作者でもあるという立場にあるホリプロを率いる堀氏は、「スーパーの商品でも差異化が求められるような時代に、何でもいいから流通させればうまくいくというのは幻想にすぎない」とし、岸氏や砂川氏と同様、流通に特化した従来の議論を批判した。
その上で、「ネット事業への投資など設備投資がすぎてコンテンツ制作費が落ち、その結果視聴率がとりにくくなる。そうすると各社横並びの番組ばかり作るようになり、さらに制作会社が疲弊する、といった悪循環に陥っている」と、ソフトパワーを生み出す制作者側の力の減退を指摘。
「現実にテレビ局の決算は悪くなり、ラジオも壊滅的。日本のマーケットの中でパイの取り合いをしても意味がない。一過性の感性で走ると日本のエンターテインメントは沈む。テレビ局では作れないコンテンツを作ることができるクリエイターをネットから探し出すなど、新たな試みが必要」と述べた。