現在でこそネットワーク業界の巨人と呼ばれるCiscoだが、10年以上前は数あるネットワークベンダの1つに過ぎなかった。1995年に12億ドル規模だった年間売上が、2006年時点では約300億ドル規模と急成長している。前述のとおり、1984年の創業当時から1990年代前半までの同社の主力製品はIPルータであり、現在のような総合ネットワークベンダーとは違った姿を持っていた。だがIPルータ市場でのシェア拡大を背景に、ルータ以外のネットワーク市場へも拡大政策を採るようになった。企業向けイーサネットスイッチ、ストレージ、セキュリティ、リモートアクセス、管理ツール/ソフトウェアなど、"Network as a Platform"(プラットフォームとしてのネットワーク)をキーワードにした全方位戦略によるネットワーク分野全体でのシェア拡大を目指している。こうした拡大路線はわずか10年以内という短期間に達成されており、それを支えているのが同社による積極的な買収戦略である。

シェア拡大のための戦略はいくつか存在する。1つは自社内での研究開発(R&D)による画期的な製品開発とマーケティングだ。他社にはない強みを発揮できる可能性はあるものの、実際の製品展開までに時間がかかり、急激な市場拡大は難しい。戦略の2つめが他社の買収による技術や市場の取り込みだ。買収は多額の資金が必要な反面、比較的短期間に新技術の取り込みや新規市場への参入を可能にする。

この業容拡大のための買収にも2種類あり、すでに市場である程度以上のシェアを確保している企業を買収するケースと、会社の規模としては小さいものの、光る原石(技術)を抱えている企業を買収するケースが考えられる。買収資金でいえば前者のほうが負担が大きく、後者は比較的少ない。一方で市場への製品展開の速度は前者のほうが早く、後者は必然と遅くなる。

Ciscoの例でいえば、両者を組み合わせるタイプの買収であり、小さな買収を繰り返して自社製品の強化と基礎体力作りに励み、主要技術の獲得や新規市場の参入では大型買収を行うという、緩急を使い分けるやり方を実践している。同様に小口と大口の買収を交互に繰り返して基礎体力作りと大胆な市場拡大を両立する企業として、IBM、Microsoft、Oracleなどの名前が挙げられる。

これら企業の他社買収は、平均で月間数件のペースで繰り返されており、年間ベースで換算すると十数件あまりにも及ぶ。当然ながら多額の買収資金が必要となるため、こうした戦略を採り続けることができるのも、ひとえに企業体力の賜物ともいえる。買収資金を捻出するため、多額のキャッシュまたは株式交換のための高株価維持が必要となり、高収益体質維持による潤沢なキャッシュフローのほか、時価総額経営といわれる株価重視の施策を採ることになる。近年急拡大を続ける企業を観察してみると、こうした共通点が理解できるだろう。

だが買収だけでシェアを拡大するのには自ずと限界がある。ときにはライバルや直接競合しない他社と手を組み、互いの弱点を補完しつつ両者でシェアを拡大したほうが効果的なケースもある。たとえば、ネットワーク企業のCiscoの場合、サーバやPCなどの個別ハードウェア、OSやアプリケーションなどのソフトウェア、ユーザーがアプリケーションとして利用する各種サービスなどは持ち合わせていない。Ciscoがこれら製品を提供するベンダーを手を組むことで、ネットワーク機器を含めたシステム全体をソリューションとして提供する機会が増えることになる。こうしたパートナーシップを個々の分野ごとに使い分け市場を開拓していくのが、シェア拡大のための3つめの施策となる。

米Cisco会長兼CEOのJohn Chanmbers氏と同社の新ロゴ。過去10年の同社の急激な成長を指揮してきた人物だ

米Cisco会長兼CEOのJohn Chambers氏は同社の拡大戦略の中心が「自社開発」「買収」「パートナーシップ」と時代に応じて変化を遂げてきたと説明しており、これら3つの戦略の使い分けが業容拡大の大きな鍵になると指摘する。同氏は1995年のCEO就任以来、同社の拡大路線の陣頭指揮を執っている。ここ10年間の軌跡を考えれば、Ciscoをナンバー1企業へと押し上げてきた原動力は、こうしたChambers氏の経営方針によるものだといえる。