1990年代半ばに一般利用が拡大し始めたインターネットは瞬く間に市場を席巻し、今日ではなくてはならない生活インフラのひとつへと昇格しつつある。それまで生活インフラの代表だった電話網は、音声/データの統合による基幹網のIP化とともにインターネットの一部へと組み込まれ、その姿やあり方を急速に変化させている。従来までであれば、この電話網を制御するのは電話交換機の役割であり、インフラ整備の中心的存在だった。だが基幹網のIP化が進みつつある現在、その役割はIPルータに取って代わろうとしている。このIPルータの世界で業界ナンバー1のシェアを誇り、1990年代後半よりネットワーク業界の巨人として君臨するのが米Ciscoだ。

今日のネットワークを考える上でCiscoの存在はなくてはならないものだが、世間一般での知名度はそれほど高いとはいえない。なぜなら、Ciscoが主力としているIPルータやスイッチの世界は通信キャリアや中堅以上の企業のバックボーンシステムが顧客の中心であり、いわゆるSOHOと呼ばれるごく小規模な組織や家庭向けネットワークの世界とは縁遠い存在だからだ。そのため、その重要度に反比例する形で、「知る人ぞ知るメーカー」という枠に収まっている。このあたりがMicrosoftなどの企業とは大きく異なる点だろう。

早ければ来年2008年にも稼働が開始される米MLBアスレチックスのホームグラウンド「Cisco Field」。同社のブランディング戦略の尖兵だ

だが、こうした情勢にも変化が訪れつつある。Ciscoによる小規模向けネットワーク機器メーカーLinksysや、STB(セットトップボックス)の分野で最大手メーカーの1つであるScientific Atlanta買収を機に、同社がブランディングのためのTVスポットCMを多数打ち始めたり、米MLB球場のスポンサーとしてネーミングライツ(命名権)を使って自社のアピールを積極的に行うなど、従来の縁の下の力持ち的存在からの方向転換を狙っている。

本稿では、こうした同社の近年の戦略転換ならびに、その拡大政策の根幹となる買収戦略にフォーカスし、その企業像を探ってみたいと思う。