パナソニックが発売したワイヤレススピーカーシステム「響筒」

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パナソニックが発売したワイヤレススピーカーシステム「響筒(きょうづつ)」は、京都の手作り茶筒の老舗「開化堂」と、約4年間に渡る緊密な連携によって生まれた商品だ。

11月8日から開化堂で、100台限定で販売。希望小売価格は30万円(税別)と高価だが、10月5日から開始した30台の先行予約受付では、わずか5日間で完売となり、11月8日の正式販売の開始とともに購入した人からは、「広がるような音が本当にいい感じだ。贅沢な時間を体験できる」などといった声があがっていた。

匠の手仕事による唯一無二の響筒、経年で独自の味わいまで

響筒は、開化堂の茶筒の特徴である「極めて高い密封性」を活かして、真鍮による筐体をオリジナルで製作。蓋の開閉の瞬間と、音のオン/オフが連動しており、茶筒の蓋を開けるように蓋を持ち上げると音が流れる。

新品の「響筒」をはじめて箱から出して、音楽を奏でる様子

狙ったのは、蓋を開けると、茶葉の香りがフワッと広がるように、音が立ち上がるという体験。響筒では、まさに、その様子を体験できる。

また、蓋を開ける際には、音の振動によって、手のひらに「響き」を感じることができるような工夫がしてある。

  • 見た目も開け方も茶筒のようだが、スピーカーだ

「スピーカーの多くは樹脂や木を使っているが、響筒には真鍮を使用した。金属を使えば、不要振動を起こし、キュンキュンと鳴くような音が発生する。しかし、デザイナーは音の振動によって、手のひらに響きを感じられることにこだわった。真鍮の素材感を生かしながら、どうやって不要振動を極小化するかに苦労した」と、商品づくりを担当したパナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部ビジュアル・サウンドBU 商品企画部の西川佳宏氏は振り返る。

茶筒内には、パナソニックがオーディオ分野で培った技術とノウハウによって、最適な響き方と音づくりを両立したスピーカーを、0.01mm単位まできめ細く調整して配置。さらに、浮かせる形で設置することで、筐体への不要振動を減らした。

また、独自開発のDSP(Digital Signal Processor)によって、低音から高音までの広帯域に渡って、自然で聴きやすい、優しい音を実現。バスレフポートによって低域を強化するとともに、スピーカー上部のディフューザーで音の広がりを持たせている。

その結果、蓋を開ける際に、持った蓋から心地よい音の響きが、手のひらに伝わる構造を実現。これまでにない新しいスピーカーの体験ができるようになった。

一方で、蓋を閉じる際は、重力によってゆっくりと蓋が落ちると、それに従って、上品に音をフェードアウトさせることができる。

そして、外装の真鍮素材は、手で触れた時の滑らかな触感に加えて、経年変化により、触れれば触れるほど、色合いや光沢が増していくという特徴を持つ。

「開化堂の匠の手仕事による唯一無二の茶筒と、パナソニックのデジタル技術を精緻に融合させることで、五感で楽しむ新たな音楽体験を実現した。真鍮の外装は、移りゆく時の流れとともに表情を変え、自分だけの逸品に仕上がっていくことになる」という。

本体は、ボタンやスイッチ、接続ポートなどは一切ない美しい外観デザインを実現している。利用する際には電源コードも不要だ。電源バッテリーには本体を置くだけで充電が可能な非接触給電方式を採用した。

本体には、響筒のためにつくられたオリジナル音源をあらかじめインストールしているので、購入後すぐに音を試すことができ、スマホをはじめとする機器をBluetoothで接続すれば、好きな音楽を聴くことができる。蓋を開ければ音楽が流れるオルゴールのような使い方も可能だ。

  • (左から)パナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部ビジュアル・サウンドBU 商品企画部の西川佳宏氏、パナソニック アプライアンス社 デザインセンター デザイン統括部の中川仁氏、開化堂 代表取締役社長の八木隆裕氏

最初は商品化を考えずにはじまったプロジェクト

ちなみに、開化堂の八木隆裕社長が所有する響筒には、サカナクションの「忘れられないの」が設定されている。「サカナクションの山口一郎さんと、響筒の話で盛り上がったことがきっかけ」とエピソードを明かす。

  • 左が響筒、右が開化堂の茶筒

響筒は、パナソニックの家電のデザイナーが、2015年11月頃から開発を進めてきたもので、当初は商品化することは考えていなかった。

もともとは、新たな家電を研究する共創プロジェクト「Kyoto KADEN Lab.(京都家電ラボ)」で、京都の伝統工芸の継承者と連携しながら、プロトタイプとして開発していたものだ。

「2018年に(パナソニックが)創業100周年を迎えるのを前に、次の100年の豊かな暮らしを支える家電とはなにか、ということを考え始めた頃。五感や記憶に響くような体験価値を提供できるモノづくりを目指した」(パナソニック アプライアンス社 デザインセンター デザイン統括部の中川仁氏)という。

そして同時に、創業者である松下幸之助氏による、「伝統工芸は日本のものづくりの原点である」という言葉を実践する取り組みのひとつにも位置づけられていた。

いわば、響筒は、デザイナーが描く未来の家電の姿を示すことがゴールであったわけだ。

だが、各種イベントなどに参考展示するうちに、「商品化してほしい」との声が高まってきた。

実際、響筒を参考展示した「ミラノサローネ2017」では「ベストストーリーテリング賞」を受賞。「iFデザインアワード2018」では「金賞」を受賞するといったように世界的にも話題を集めはじめていた。

そこで、パナソニックと開化堂は、2017年頃から商品化に向けた検討を本格的に開始。当初の狙いとは別に、「商品化」という新たなゴールが設定されることになったのだ。

だが、西川氏は、「商品化という話が持ち込まれたときには、正直なところ、実現できるとは思わなかった」と、当時の気持ちを明かしてみせる。「しかし、いい意味で言えば、デザイナーが作り込んでいたことが、響筒をそのまま商品化できたことにつながっている」と続ける。

商品化する際には、事業部門からはここを変えて欲しいという要望を出すのが一般的だ。だが、響筒の場合には、作り込まれすぎていて、まさに感性の固まりというほどの完成度を誇っていた。「要望を出す余地がなく、事業部はどうやってそれを実現するかということばかりを考えざるを得なかった」と西川氏は笑う。

ここには、響筒のデザインを担当した中川氏が「作り込んだ」デザインへのこだわりや狙い、意思を訴え続けたことも見逃せない。

開化堂の八木隆裕社長も、「モーターショーに展示される未来のクルマが、そのまま商品化されないことは、みんなが知っている。響筒も同じだと考えていた。だが、実際に商品化されたモノは、プロトタイプとまったく変わらないモノだった」と驚く。そして、「多くの人から言われたのは、パナソニックのような大手企業が、これを商品化するためには数多くのハードルがあり、長い歳月をかけても商品化されないのではないかという助言だった(笑)。私もそう思う部分もあったが、結果として、それは杞憂に終わった」と語る。

パナのモノづくりを逸脱? 響筒が「商品」になるまで

商品化においては、事業部側が相当な努力をしたことが伺える。

プロトタイプのモノづくりと、実際に商品として世の中に送り出すモノづくりとはまったく異なる。量産性、安全性、品質など、次元が異なる基準が当てはめられるからだ。とくに、パナソニックの基準は、「日本のモノづくり」の代表でもあり、世界的に見ても厳しいことで知られる。

実は、響筒の商品化においては、パナソニックのモノづくりとは一線を画す、いくつかの例外措置が取られている。

たとえば、響筒の裏側には、「パナソニック」と「開花堂」のダブルブランドが表示されている。パナソニックの場合、ダブルブランドの表記については厳しいルールがあり、なかなか認められないのが実状だ。

しかし、Kyoto KADEN Lab.を発端としたプロジェクトから生まれ、開発当初から開花堂との緊密なコラボレーションを行ってきた経緯があるだけに、開発チームは、ダブルブランドでの商品化にこだわった。

さらに、筐体の底には牛革が使用されているが、これもパナソニックでは、使用する材料には厳密なルールがあり、それに抵触する可能性がある素材だった。牛革の多くには加工段階で溶液が使用されていることが多く、パナソニックの商品には、それによって使用者の手が荒れてしまうことがないようにといった配慮から、基本的には使用禁止となっている。だが、響筒では、牛革を使用するために、加工工程にまで遡ってトレーサビリティを確認。人に影響を及ぼす溶液などが使用されていないことを前提に、それを証明する書類を調達部門や管理部門に提出し、使用許可を得たという。

「商品化までに、相当数の書類を書き、たくさんの上司のはんこをもらった」と西川氏は語る。案件によっては、アプライアンス社のカンパニー社長のはんこまで必要なものもあったという。

  • 底面には牛革を使用し、ダブルブランドを表示。パナソニックの商品としては異例だ

響筒は、これまでのパナソニックのモノづくりとは一線を画すスピーカーであることがわかる。

これは開花堂も同じだった。手作りの良さは、ひとつひとつの完成品に微妙な差がうまれ、それが個性を発揮することが「味」となる。

だが、響筒は、パナソニックの「商品」として生産されるため、すべて「同じもの」といえるものでなくてはならない。

開花堂では、それを実現するために、ノギスで何回も測り直して、まったく誤差の無いものを作り上げた。

「自らモノづくりをしていた先代の父親から、まだ測っているのかとあきれられた」という。ひとつの筒を作るのに、10倍以上の工数がかかっているという。

実は、そのあきれていた先代も、最終的には「響筒」に関わることになる。最終組立は、栃木県宇都宮市のパナソニック アプライアンス社宇都宮工場で行われている。ここは、テクニクスの生産拠点でもあり、パナソニックの最高峰オーディオの生産拠点と位置づけられている。

組立の最終工程では、先代も宇都宮に出向き、生産する1台、1台を親子でチェックし、響筒の完成度を高めた。

「100台限定生産というところまでをみると、完全に赤字。だが、この経験が、次の商品や、次の世代につながるということを考えると、トータルではプラスになると考えている」と、開化堂の八木社長は語る。

開花堂にとっても、まさに「未来」への挑戦であったわけだ。

パナソニックのモノづくりが変わるきっかけに

響筒は、11月8日から、京都の「開化堂」にて100台限定で販売されている。

発売日に訪れ、響筒を購入した工芸品好きの女性は、「フワッと広がる感じの音が気持ちいい。ゆっくりと育っていく感じも楽しみ」と話していた。また別の女性は、「他のスピーカーにはない心地よい音。使うほどに育っていくという考え方がいい」という。ある30歳代のカップルは、「高級腕時計を買うか、響筒を買うかで、すごく迷った。だが、時計はいつでも買えるが、響筒はいましか買えないと思って購入した」「掌に伝わる感じやフワッと広がる音の感じが心地いい。日々変わっていく素材がこれから楽しみ」とする。

なお限定数量の完売後については、今回の売れ行きを見ながら、いろいろな展開を検討していくそうだ。

パナソニックの新たなモノづくりへの挑戦によって生まれた「響筒」。この商品が及ぼすインパクトは、商品そのものの評価以外にも広く影響し、同社のモノづくりを変えるきっかけにもなりそうだ。