ここ最近、携帯電話会社が「メタバース」や「Web3.0」に関して積極的な取り組みを打ち出すケースが増えています。昨今のIT界隈では、これらの技術に対する関心が急速に落ちており、「ChatGPT」に代表される生成系AIに熱い視線が送られている状況ですが、なぜ関心が落ちてきた技術に携帯電話会社が力を注いでいるのでしょうか?
メタバースで大きな発表を打ち出す携帯各社
2023年3月初頭、携帯各社から大きなサービスの発表が相次ぎました。ですが、その内容はスマートフォンや料金プランに関するものではなく、「メタバース」と「Web3.0」に関するものということでかなりの意外性がありました。
メタバースは、仮想空間上でコミュニケーションをしたり、生活を送ったりする仕組みで、米フェイスブックがメタバースへの注力により、メタ・プラットフォームズへと改名したことで注目されました。一方のWeb3.0は、「ビットコイン」などの暗号資産などに用いられているブロックチェーン技術を活用し、インターネットに新しい価値をもたらすものとして注目されており、デジタルコンテンツの価値を証明するのに用いられるNFT(非代替性トークン)が代表的な活用例となっています。
では、各社は具体的にどのようなサービスを打ち出しているのでしょうか。ソフトバンクが2023年3月6日に発表したメタバースなどの取り組みは、1つに韓国のNAVER Z Corporationが提供するメタバースサービス「ZEPETO」上で展開しているソフトバンクショップをリニューアルし、企業がZEPETO上でイベントなどを実施しやすくするスペースを設けること、2つ目は同じく韓国で人気のメタバースサービス「ZEP」を活用してイベントなどを展開していくことです。
そして3つ目は「NFT LAB」で、こちらはソフトバンクの実質的傘下にあるLINE社らが設立し、ブロックチェーン関連の事業を手掛けるLINE Xenesisのブロックチェーン基盤を活用し、各種メタバースサービスと連携してNFT対応デジタルコンテンツの売買を手軽にできるようにするものとなるようです。
翌日の2023年3月7日にはKDDIが発表イベントを実施し、新たに「αU」というブランドを立ち上げ、メタバースやWeb3.0に関連する技術を活用して現実と仮想空間の境界線がないサービスの提供を目指すことを明らかにしました。その具体的な取り組みの1つとして、新たに独自のメタバースサービス「αU metaverse」を展開し、仮想空間上の東京・渋谷や大阪などの街を舞台にコミュニケーションなどができる仕組みを整えるとしています。
ほかにも、360度の高精細映像でライブが楽しめる「αU live」や、仮想空間上で現実と同じ感覚での買い物体験ができる「αU place」などを展開。現実と仮想空間を問わず、同じ体験が得られる仕組みに重点を置いている様子がうかがえます。
一方で、Web3.0に関する取り組みとしては、NFT対応デジタルコンテンツの売買ができる「αU market」や、売買するための暗号資産を管理する「αU wallet」を提供。暗号資産を用いる必要があるNFTのハードルを低くすることに重点を置き、各種メタバースサービスとの連動を高めて利用拡大を図る考えのようです。
“幻滅期”を抜けた先のビジネス拡大を見据えた動き
各社のメタバースやWeb3.0に関する取り組みは、かなり力が入っている様子です。なかでも、KDDIは発表イベントに代表取締役社長の高橋誠氏みずから登壇し、その力の入れ具合が見て取れました。
発表会は実施していませんが、NTTドコモも2022年10月にはXR関連事業を専門に扱う「NTTコノキュー」を設立していますし、今後5~6年のうちにWeb3.0関連の事業に5,000億~6,000億円の投資をすることも明らかにしています。実際、2023年3月2日まで実施されていた「MWC Barcelona 2023」においても、同社はNTTコノキューが展開するメタバースなど、XR関連の技術やサービスの展示を主軸の1つに据えていました。さらに2023年3月30日には、同社のXRサービスやソリューションを展示する常設の施設「XR BASE」を東京・秋葉原にオープンするなど、アピールに力が入っている様子がうかがえます。
ですが一方で、ここ最近のIT関連ニュースを見ると、すでにメタバースやWeb3.0への関心は低下しており、代わりに急速に人気を高めているのが、OpenAI社の「ChatGPT」に代表されるいわゆる「生成系AI」(ジェネレーティブAI)です。キーワードを入力するだけで調べたいことを高い精度で文章化してレポートにまとめ上げたり、プロが描いたかのようなイラストを生成したりしてくれるAI技術が、急速に人気を高めています。
そうした状況にもかかわらず、なぜ携帯電話会社はなぜメタバースやWeb3.0を猛プッシュしているのでしょうか? 無論、生成系AIが注目されるようになったのはごく最近のことで、それ以前はメタバースなどが注目されていたことから、単にサービス開発を進めるタイミングの問題という見方もあります。ですが、より大きいのは現在ではなく、もっと先のビジネスを見据えているからこそといえます。
確かに、メタバースやWeb3.0などはここ最近大きな盛り上がりを見せてきましたが、その利用は一部の先進層に限られているのが実情です。一方で、生成系AIなどの台頭によって技術面での関心は薄れつつあり、メディアで取り上げられる機会も減少するなど、米ガートナーのハイプ・サイクルでいうところの“幻滅期”に差しかかった状態にあるといえます。
ですが、それを乗り越えれば先進層だけでなく、より幅広い層へと利用が広がる可能性は高く、そうなればビジネスの規模も非常に大きくなるでしょう。ただ、そのためには幻滅期から抜けるまで継続的に投資して事業を継続することが必要で、だからこそ資本力のある携帯電話会社が、将来を見据えて投資を積極化しサービス育成を進めようとしている、と見ることができるわけです。
それだけに、携帯各社がメタバースやWeb3.0への取り組みを積極的に打ち出してくるのは、むしろこれからといえるのではないでしょうか。そうした積極的な取り組みで一般ユーザーの心をつかみ、早期に幻滅期を脱することができるかが、今後大きな関心を呼ぶこととなりそうです。